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旅の写真集  ポーランド共和国(前編)HEADLINE

ポーランド観光の旅行記を兼ねた写真集(前編)です。ここでは、ポーランド東部及び北部に位置する世界遺産の町、ザモシチ、ルブリン、マルボルク、グダンスク、トルンなどをご紹介します。

《ザモシチ旧市街 ①》【世界遺産】

「ルネッサンスの真珠」とも呼ばれる Zamość は、ワルシャワの南東約250kmに位置する美しい町です。
《ザモシチ旧市街 ②》【世界遺産】

第2次世界大戦による戦火も免れ、16世紀後半に建てられた町並みの多くが現在も残っていることから、1992年には旧市街全体がユネスコの世界遺産に登録されています。
《ザモシチ旧市街 ③》【世界遺産】

ポーランドでは町の中央に位置する広場をリネック(Rynek) と呼び、どこの町でも主要な見どころとなっているのですが、ここザモシチも同様で、非常にカラフルな建物が建ち並んでいます。
《ザモシチ旧市街 ④》【世界遺産】

広場の北側にある堂々とした佇まいの建物はタウンホールです。

色は派手ではありませんが、お洒落な装飾で彩られています。
《ザモシチ旧市街 ⑤》【世界遺産】

中央には美しく手入れされた花壇も整備されていて人々の憩いの場となっています。
《ザモシチ旧市街 ⑥》【世界遺産】

南側にはレストランが軒を連ねています。

ポーランドのレストランは一般的に味がいい上に値段も手頃なので安心して食事を楽しむことができます。
《ポーランド料理 ①》

因みにこのポーランド餃子が約300円。

日本人の口にも合ってとてもお手軽な一品です。
《ザモシチ旧市街 ⑦》【世界遺産】

リネックの2ブロックほど西にあるベルタワー(Bell Tower)はそれほど高い建物ではありませんが、テラスからの旧市街の眺めが良いということで登ってみることにしました。
《ザモシチ旧市街 ⑧》【世界遺産】

天気はあまり良くありませんが、それでも非常に美しい景色が堪能できました。
《ザモシチ旧市街 ⑨》【世界遺産】

リネックで一番美しい北側の建物群が見えるのも嬉しいところです。
《ロトゥンダ ①》

ベルタワーからの景色を楽しんだ後は、リネックから南に500mほど歩いたところにある Rotunda と呼ばれる史跡を訪れました。
《ロトゥンダ ②》

その名(Rotundaとは英語でも「円形の建物」の意)のとおり直径54mの円形にレンガの壁で囲まれたこの場所は、ナチスドイツの時代には処刑場として使用され、約8,000人が虐殺されたそうです。
《ロトゥンダ ③》

外壁に沿って幾重にも犠牲者の墓が並んでいます。
《ロトゥンダ ④》

中心部には石碑が設置され、故人の冥福を祈るために今も絶えず火が灯されています。
《ザモシチ旧市街 ⑩》【世界遺産】

ライトアップされたタウンホールです。

リネックは夜遅くまで活気に溢れています。
《ルブリン旧市街 ①》

ザモシチの北西約90kmに位置する Lublin は、世界遺産には登録されていないものの、旧市街の町並みが美しい町です。
《ルブリン旧市街 ②》

ザモシチ同様、カラフルなビルが建ち並んでいます。
《ルブリン旧市街 ③》

リネック周辺にはお洒落なレストランやカフェも目立ちます。
《ルブリン旧市街 ④》

正面に見えるのはクラコフ門(Brama Krakowska)です。

14世紀に建てられたという旧市街で最も有名な建築物ですが、こちらは裏側に当たり正面は反対側になります。
《ルブリン旧市街 ⑤》

これが外側の正面から見た様子です。

堂々としていて歴史を感じさせます。
《ルブリン旧市街 ⑥》

旧市街の建物には壁面に何やら文様が描かれたものが多く見られます。
《ルブリン旧市街 ⑦》

こんな感じで、何となくアラブ情緒を感じさせます。
《ルブリン旧市街 ⑧》

市街地の北側に隣接して建つルブリン城(Zamek Lubelski)は、あまり威厳を感じない風貌ですが、14世紀に建てられた歴史ある城で、現在は博物館となっています。
《マイダネク ①》

午後は、ルブリンの4kmほど南東にある Majdanek を訪れました。


正式名称はルブリン強制収容所というナチス時代の施設跡です。
《マイダネク ②》

入場すると、とても大きなモニュメントに出迎えられます。
《マイダネク ③》

ナチスの強制収容所というと何といってもアウシュヴィッツ・ビルケナウ(Auschwitz-Birkenau)が有名ですが、ここはそれに次ぐ第2の規模の収容所でした。
《マイダネク ④》

ナチス親衛隊がつけた正式な名称は先述のとおり「ルブリン強制収容所」でしたが、周辺住民たちはこの収容所を近隣の村マイダンの名前をとって「マイダネク」と呼び習わしていたことから、戦後はこの名前で呼ばれています。
《マイダネク ⑤》

マイダネクには総計で50万人もの人々が収容され、ポーランド側の発表によるとそのうち36万人以上が死亡したそうで、死亡者で一番多いのは、非ユダヤ系ポーランド人で、ユダヤ人とロシア人がそれに続くとのことで、ユダヤ人の死亡者数は約5万人であったそうです。
《マイダネク ⑥》

その点、アウシュヴィッツ・ビルケナウでは収容者の90%がユダヤ人(アシュケナジム)であったのとは状況が随分違います。
《マイダネク ⑦》

高さ4メートルの支柱を2列に一定間隔で立ててその間を有刺鉄線で結びつけてフェンスとし、そこに電流を流していた上、一定間隔に機関銃を備え付けた監視塔も設けており、他の強制収容所と同様に厳重な警備態勢が敷かれていました。
《マイダネク ⑧》

そんな忌まわしい施設ですが、現在では敷地のすぐ外まで住宅街が迫ってきています。
《マイダネク ⑨》

マイダネクは全体で約270ヘクタールの土地に300人以上を収容可能な住居バラックが144棟建てられていたそうです。

その多くはソ連軍侵攻の際に証拠隠滅のために破戒されたり燃やされたりしたそうですが、現在でもいくつかは残されています。
《マイダネク ⑩》

収容された人々は家畜のように雑魚寝させられ殺される(あるいは餓死等で自死する)のを待っていました。
《マイダネク ⑪》

アウシュヴィッツ同様ガス室も用意されていました(最終的に6つのガス室とガス車1台)。
《マイダネク ⑫》

ガス室へ向かう部屋です。
《マイダネク ⑬》

ここはシャワー室です。

働けないとみなされた人は服を脱いで温かいシャワーを浴びさせてもらえたそうです。そのほうが毒ガスがよく効くからだそうで、この次の部屋がガス室となっていました。

ガス室では一度につき1914人をガス殺することが可能だったそうですが、ほとんどの場合ぎゅうぎゅうに押し込められ、死亡した後も死体は直立したままだったそうです。
《マイダネク ⑭》

火葬場です。

死体の多くはそのまま埋められていたそうですが、当初は火葬もされていました。
《マイダネク ⑮》

焼却炉です。

火葬された人々の遺灰は施設内の土壌を改善するために撒かれたそうです。

前述のとおり、ソ連軍進行時に建物は基本的に爆破処理されますが、この焼却炉は爆破しきれずにそのまま残っていたようです。
《マイダネク ⑯》

施設内には壕を掘って遺体をそのまま投げ込んで処理する場所が多く設けられていたとのことで、現在でもその面影が至る所に残っています。
《マイダネク ⑰》

敷地の一番奥には犠牲者の慰霊碑(Mausoleum)が建てられています。
《マイダネク ⑱》

慰霊碑の中には遺灰が盛り固められ、ドーム状の天井で守られています。

マイダネクは日本人からするとアウシュヴィッツに比べて知名度は低いですが、その歴史的な重要性は同様だと思います。

ルブリンへはワルシャワからバスで3時間ほどなので、ポーランドを訪れる際には是非立ち寄ってみることをお勧めします。
《カジミエシュ・ドルニ ①》

翌日はワルシャワに戻りがてら、ルブリンの約50km西に位置する Kazimierz Dolny を訪れました。
《カジミエシュ・ドルニ ②》

ここは人口4,000人ほどの小さな村ですが、ポーランドで最も美しい村の一つとも言われ、この地方では有数の観光名所となっています。
《カジミエシュ・ドルニ ③》

ワルシャワから約140km、車で2時間足らずの距離ということもあって、特に週末には多くの観光客で賑わいます。
《カジミエシュ・ドルニ ④》

ガイドブックには小さな村と書かれていたので鄙びた集落を予想していたのですが、中心部はこれまで訪れた大きな町と同様の賑わいを見せていました。
《カジミエシュ・ドルニ ⑤》

村というより立派な町です。
《カジミエシュ・ドルニ ⑥》

リネックの北側には14世紀中頃に築造されたという歴史ある教会(Church of John the Baptist 又は Parish Church)が建っています。
《カジミエシュ・ドルニ ⑦》

この教会の脇の道を5分ほど歩いて登った山(Trzech Krzyzy Mountain)の頂上には3本の十字架が立っています。

由来には諸説あって定かではないそうですが、周囲は地元の人の憩いの場となっています。
《カジミエシュ・ドルニ ⑧》

それというのもここからの眺めが素晴らしいためです。

ここから見るカジミエシュ・ドルニは、先ほど歩いていたときに感じた雰囲気とは違って、正に田舎の可愛らしい村といった佇まいです。
《カジミエシュ・ドルニ ⑨》

ヨーロッパらしい山荘のような建物も散在していて、とても長閑な雰囲気に包まれています。
《ワルシャワ行きバス》

2時間ほど村の中を散策した後、ミニバスでワルシャワに向かいます。

なお、この村では旅行案内所で無料で荷物を預かってくれたので、楽に観光することができました。

こういう素朴なサービスもとても嬉しいものです。
《ワルシャワ中心部 ①》

3時間ほどでワルシャワ(Warszawa)に到着。

中央バスターミナルは通常どこの国の首都などで見られるような大きな建物ではなく、ただの広場といった感じで、野ざらしの駐車場のようでした。
《ワルシャワ中心部 ②》

バスターミナルのすぐ脇に建つのは37階建ての文化科学宮殿(Pałac Kultury i Nauki)です。

スターリンからの贈り物として1952年に完成したビルですが、その権威主義的な風貌もあって市民には非常に評判が悪いそうです。

ただ、30階にある展望台からの眺めは非常に良いと評判なので、後で訪れてみることにします。
《ワルシャワ中心部 ③》

この文化科学宮殿以外にも周囲には高層ビルが多く建っています。

中には非常に洗煉されたデザインのものもいくつか見られ、かつての共産主義国家というイメージから随分遠くなっています。
《ワルシャワ中心部 ④》

こちらも中央バスターミナルの脇にある鉄道のワルシャワ中央駅です。

バスターミナルとは打って変わって大きな駅ビルの地下にあるとても洗煉された大きな駅です。
《ワルシャワ中心部 ⑤》

このような違いもあって、ポーランド国内の旅では、地方の町を結ぶ路線以外、特に長距離の移動にはバスより列車の方が便利だと思います。

この日は北部の町マルボルク(Malbork)を経てグダンスク(Gdańsk)に向かいました。
《マルボルク ①》

約5時間の乗車後、約30分遅れでマルボルクに到着しました。

ポーランドの列車は乗り心地は悪くないのですが、しばしば遅れるのが大きな難点です。
《マルボルク ②》

マルボルク駅です。

ポーランドの鉄道駅はとても立派な建物が多いのが印象的です。
《マルボルク ③》

マルボルクはポーランド北部でも特に多くの観光客が訪れる都市の一つですが、町並み自体は国内の他の町とあまり代わり映えするところはありません。
《マルボルク城 ①》【世界遺産】

それにもかかわらずこの町を訪れる理由は駅から約1km西にある Zamek w Malborku の存在です。
《マルボルク城 ②》【世界遺産】

1274年にドイツ騎士団によって建てられたこの城は、武器庫や礼拝堂などを備えた世界最大のゴシック様式の複合建造物であると同時に、煉瓦建造物としても城砦としても世界最大だそうです。
《マルボルク城 ③》【世界遺産】

このように歴史と規模を兼ね備えた城ということで、1997年にはユネスコの世界文化遺産に登録されています。
《マルボルク城 ④》【世界遺産】

また、2012年にはトリップアドバイザーの「死ぬまでに行きたい、世界の名城25選」に選出されたため、現在は連日観光客で溢れかえる人気ぶりです。
《マルボルク城 ⑤》【世界遺産】

当初はさくっと場内見学も楽しむ予定だったのですが、入場はツアーに限られ、おまけにそのツアーは3時間以上かかるということだったので、次の目的地への移動の予定もあったので、外部からの見学しかできなかったのは残念でした。
《マルボルク城 ⑥》【世界遺産】

マルボルク城の内部を堪能したいということであれば急行で30分ほどのグダンスクからの日帰りが一般的のようですので参考にして頂ければ幸いです。
《ポーランド国鉄 ①》

マルボルク城内部の観光ができなかったこともあって予想外に時間が空いてしまったため、駅で様々な鉄道車両を観察して時間を潰しました。
《ポーランド国鉄 ②》

別に普段は撮り鉄とかではないのであまりそっち方面に関しての造詣は深くないのですが、こうやって見てみると様々なデザインの車両が走っていてとても興味深かったです。
《ポーランド国鉄 ③》

個人的には、日本も国鉄時代の車両は好きだったのですが最近は(特にローカル線において)ちょっと景観にあまりマッチしていない車両が多いような気がします。

ここにある3種類の列車はどれもローカル線ですが、日本の一部の路線を走るものよりも洗煉されている印象でとても好感が持てました。
《グダンスク旧市街 ①》

そんな感じで時間を潰した後、夕方になって到着したのは、バルト海に面した港湾都市グダンスクです。
《グダンスク旧市街 ②》

写真は7月下旬の午後7時前くらいの町の様子ですが、北緯55度近い高緯度であることに加えてサマータームが採用されていることから、日本の同じ時期と3時間以上違う明るさです。
《グダンスク旧市街 ③》

因みに、今回の町グダンスクですが、ポーランド語の発音は片仮名転記が難しく、政府観光局はグダンスク、市役所はグダニスクと表記しているほどなのでどちらが正しいとも言えないのですが、ここではグダンスクとさせていただきます。
《グダンスク旧市街 ④》

「高い門」(Brama Wyżynna)は旧市街の城壁の西側の城門であり、16世紀末に建てられ、19世紀まではこの町の正面玄関でした。

重要な客とポーランドの王たちが中央の通路を通ることができ、2つの側道は一般の歩行者の通行に使われていたそうです。
《グダンスク旧市街 ⑤》

「高い門」を通り抜けるたところに建つのは囚人塔(Wieża Więzienna)です。

もともとは14世紀に街の防衛のために築かれたものだそうです。
《グダンスク旧市街 ⑥》

黄金の門(Złota Brama)は、現在の旧市街の入口とも言える門で、ここをくぐると本格的な旧市街です。
《グダンスク旧市街 ⑦》

旧市街中心部方向から黄金の門を見た様子です。

グダンスクの町は第2次世界大戦で壊滅的な打撃を受けましたが、周囲にはそれを感じさせないような風格のある建物が建ち並んでいます。
《グダンスク旧市街 ⑧》

黄金の門の北に建つ美しい建物は旧武器庫(Wielka Zbrojownia)です。
《グダンスク旧市街 ⑨》

レンガ造りの美しいルネッサンス様式の建物で、かつては大砲や弾丸などが保管されていたそうですが、武器庫だったとは信じがたい優雅なたたずまいです。
《グダンスク旧市街 ⑩》

旧市街の中心に位置するドゥーギ広場(Długi Targ)は周囲を豪華な建物に囲まれ、いかにも東欧の大都市中心部といった佇まいです。
《グダンスク旧市街 ⑪》

旧市街の西側を流れるモトワヴァ運河(Stara Motława)沿いの景観も見どころの一つです。
《グダンスク旧市街 ⑫》

北欧の港町を思い起こさせるようなモダンな雰囲気は、運河を行き交う舟を眺めながらランチやカフェを楽しむのに絶好のロケーションとして人気があります。
《グダンスク旧市街 ⑬》

中世に造られた木造クレーン(Żuraw)は、貿易船への荷物の積み下ろしやマストを立てるために使用されていたそうですが、その特徴的な風貌によって写真スポットになっています。
《ポーランドのファーストフード》

ポーランドでは王道のマクドナルドやサブウエイなどの他、駅前や商店街などにはケバブ屋も多く、時間がない特はこれらで済ませることが多いのですが、この日はたまたま地元料理の屋台を見つけたので試してみました。

右側のザワークラウトとソーセージなどを煮込んだものはビゴス(Bigos)という郷土大衆料理で、普通のレストランではなかなかお目にかかれない代物だそうでとても美味しく大満足できました。
《グダンスク旧市街 ⑭》

ドゥーギ広場の1ブロック北にある聖マリア教会(Bazylika Mariacka Wniebowzięcia Najświętszej Maryi Panny w Gdańsku)は1343年から1502年にかけて約160年を費やして建てられた教会ですが、400段の階段を登った塔からは、グダンスクの街のパノラマが楽しめます。
《グダンスク旧市街 ⑮》

眼下に見える尖塔はマリア教会のものです。

因みにこの教会はレンガ造りの教会としては世界最大級を誇るそうです。
《グダンスク旧市街 ⑯》

このようにグダンスクは非常に歴史のある美しい町なのですが、意外なことに2020年現在、世界遺産には登録されていません。

ただし、暫定リストには記載されているので、この街が世界遺産の仲間入りを果たす日も近いかもしれません。
《トルン旧市街 ①》【世界遺産】

次に訪れたのは、グダンスクの約170km南に位置する Toruń です。
《トルン旧市街 ②》【世界遺産】

ヴィスワ川(Rzeka Wisła)沿いに広がる旧市街は、第2次世界大戦後の復興めざましく、中世の面影を映す美しい町並みです。
《トルン旧市街 ③》【世界遺産】

そんな訳で、この町は1997年に旧市街全体がユネスコの世界遺産に登録されています。
《トルン旧市街 ④》【世界遺産】

国内でもその町並みは屈指の美しさですが、旧市街自体はあまり広くないので、半日もあれば十分満喫することができる町です。
《トルン旧市街 ⑤》【世界遺産】

リネックは旧市街のちょうど真ん中にあります。

他の都市に比べて派手さはあまりありませんが、周囲にはカフェやレストランなどが建ち並び、市民の憩いの場となっています。
《トルン旧市街 ⑥》【世界遺産】

そのリネックの中央に建つ旧市庁舎(Ratusz Staromiejski)は14世紀の終わりに築造されたものですが、現在では博物館になっています。
《トルン旧市街 ⑦》【世界遺産】

リネックの西側に建つこのいかにも由緒ありそうな立派な建物はただの郵便局(Poczta Polska)だそうです。
《トルン旧市街 ⑧》【世界遺産】

側面の装飾は仮にこの地方を代表する教会だと言われてもなるほどと納得せざるを得ないほどの荘厳さを感じさせます。
《トルン旧市街 ⑨》【世界遺産】

その郵便局の南側に隣接するちょっと可愛らしい建物は18世紀半ばに建てられた聖霊教会(Kościół pw. Ducha Świętego)です。
《トルン旧市街 ⑩》【世界遺産】

リネックの1ブロック南にあるちょっと上品ながらもポーランドには良くありがちな建物はポーランドが世界に誇る天文学者ニコラウス・コペルニクス(Nicolaus Copernicus)の生家です。

内部は現在博物館となっており、コンパスや地球儀など、コペルニクスの愛用品の数々が展示されています。
《トルン旧市街 ⑪》【世界遺産】

コペルニクスの生家もお洒落な佇まいですが、トルンの町はその他の普通の住宅も非常に洗煉されたイメージを発散させていて、大人のヨーロッパの町という風情です。
《トルン旧市街 ⑫》【世界遺産】

再び旧市庁舎に戻り今度は中に入ってみます。

ここは高さ約40mの塔が一般に(有料で)解放され、上部にある展望台からのは旧市街が一望できるのです。
《トルン旧市街 ⑬》【世界遺産】

西の方角にはすぐ近くに聖マリア教会(Kościół Rzymskokatolicki pw. Wniebowzięcia NMP)が見えます。
《トルン旧市街 ⑭》【世界遺産】

14世紀半ばに建てられた高さ27mの大きな教会で、外観はあまり愛想がありませんが内部の装飾は非常に豪華で美しいものと評価されています。
(訪問当日は残念ながら内部に入ることはできませんでした。)
《トルン旧市街 ⑮》【世界遺産】

右から聖マリア教会、郵便局、聖霊教会です。

旧市庁舎がリネックの中央に鎮座しているので、リネックは旧市庁舎を取り囲むただの通りのようになっているのが、他のポーランドの都市と違うところです。
《トルン旧市街 ⑯》【世界遺産】

トルン観光の最後に、ヴィスワ川沿いにあるドイツ騎士団の城砦跡を覗きに行きましたが、1454年に破戒されて以降、補修もされずに現在に至っているというだけあって、ただの朽ち果てた要塞跡といった感じで、あまり感じるものはありませんでした。
《ワルシャワ中心部 ⑥》

トルンを夕方に出たので、3時間電車に揺られてワルシャワに着いたのは夜になってしまいました。

いくら日が長いポーランドの夏でも当りはすっかり暗くなってしまったので、観光は翌日以降に持ち越しです。
《ワルシャワ中心部 ⑦》

ということで翌日の朝、早速向かったのは以前ちらっとご紹介した上階からの眺めが素晴らしいという文化科学宮殿です。
《ワルシャワ中心部 ⑧》

展望台は37階建てのうちの30階部分にあるのですが、市内に他にあまり高い建物がないこともあって眺望は抜群です。
《ワルシャワ中心部 ⑨》

すぐ脇にある近代的なビルはショッピングモールで、その左側が鉄道の中央駅です。
《ワルシャワ中心部 ⑩》

南側は新市街となっていて、7~8階建てくらいのビルが整然と立ち並んでいます。
《ワルシャワ中心部 ⑪》

そして南東の足下に見えるのが地下鉄のセントラム(Centrum)駅の上に位置する大交差点です。

鉄道模型のジオラマを思い起こさせるような可愛らしい構造に加え、4方向からひっきりなしに彩り豊かなトラムが走ってきては、衝突することもなく交差していく様子はいくら見ていても飽きませんでした。
《ワルシャワ中心部 ⑫》

午後は旧市街の観光に繰り出しました。

文化科学宮殿から北東に3kmほどに位置する世界遺産にも登録されている町並みで、ここから先が旧市街になります。

この続きは後編でご紹介します。

→ 旅の写真集ポーランド(後編)へ進む。

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