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旅の写真集  インド共和国(その12)HEADLINE

インド観光の旅行記を兼ねた写真集(その12)です。ここでは、インド北東部、西ベンガル州に位置し、国内でもデリー、ムンバイに次ぐ第3位の人口500万人以上を抱える、ある意味インドで最もインドらしい都市コルカタ(旧名カルカッタ)をご紹介します。

《コルカタ中心部の喧噪 ①》

西ベンガル(West Bengal)州の州都である Kolkata は人口500万人超、都市圏で見ると1,500万人近い人々が住む、国内3位、世界でも18位に位置する大都会ですが、コスモポリタンという雰囲気はあまり感じない、とても庶民的なカオスに満ちた都市です。
《コルカタ中心部の喧噪 ②》

1690年に東インド会社の商館が開設されて以降急激に発展した町は、長い間イギリスの植民地としてカルカッタ(Calcutta)という英語名で呼ばれて来ましたが、2001年に地元ベンガル語のコルコタに正式に変更されました。改称当時は私も「何それ?」という感じでしたが、最近ではどうにか違和感なく呼ぶことができるようになりました。
それでも地元の人たちの間ではカルカッタという呼称を好んで使う人も多いようです。
《コルカタ中心部の喧噪 ③》

それにしてもこの道路の繁忙振りは見応えがあります。
上の2枚からは想像が付き辛いですが、ご覧の様に最近ではライトレール、LRTなどという名称で近代的都市内輸送手段として持て囃されている路面電車も走る多機能(あいにく今のところ高機能ではなさそう)幹線道路なのです。
《コルカタ中心部の日常 ①》

一方で、普通に機能している道路もあります。
路面電車、タクシー、リクシャー、自転車がうまい具合に共存しています。
レトロなデザインの黄色いタクシーも、旧植民地情緒を盛り上げてくれています。
《コルカタ中心部の日常 ②》

一歩路地に入ると活気に満ちた商店街がどこまでも繋がっています。
《コルカタ中心部の日常 ③》

道路脇では、洗濯、シャワー、歯磨きなど、思い思いの日常が繰り広げられています。
こういう風景は非常にインド的でほのぼのとした気持ちになります。
《ナコーダ・マスジッド》

市内中心部にある、コルコタで一番大きなイスラム・モスク Nakhoda Masjid です。ただ、収容能力1万人ということですが外見上はそれほど大きくは見えません。
因みに、インドと言えば国民の80%以上がヒンドゥー教徒というヒンドゥー国家ですが、実際は実に様々な宗教を信じる人々が共存する国でムスリムも約13%と国内では第2勢力を形成しています。国民の数が多いので、信徒人口としては、インドネシア、パキスタンに次ぐ世界第3位のイスラム教国なのです。
《コルカタ中心部の日常 ④》

ナコーダ・マスジッドの前を走る通りの様子です。
ここでもリクシャー、タクシー、オートリクシャー、歩行者などが呉越同舟しています。
《コルカタ中心部の日常 ⑤》

そんな中、コルカタにはリクシャーがとてもお似合いです。雨季には道路が水溜まりだらけになってしまうため、この大きな車輪が役に立つのだそうです。
ただし、ほとんどの運転手はあまり積極的に営業活動は行なっていません。どちらかというと、彼らにとってこれは乗り物と言うより(昼夜ともに)寝場所として機能しているそうです(でも声をかければ大喜びで乗せてくれるのは間違いありません)。
現在インド国内に残る唯一の人力車ですが、1997年以降ライセンスが発行されなくなったとのことで今後消えていく運命だそうなので、機会があれば乗車してみるのもいいかもしれません。
《コルカタ中心部の日常 ⑥》

こちらは工事中の道路です。インドでは、アフリカなどと同様、女性がちょっとした力仕事に従事している姿をよく見かけます。
《コルカタ中心部の街並み ①》

伝統ある町だけあって、町の中心部には歴史的建造物が目白押しです。
《コルカタ中心部の街並み ②》

このビルの2階には「Mini Hotel」の看板が出ています。かなりの老舗のようです。
《コルカタ中心部の街並み ③》

レトロなタクシーとの愛称もばっちしです。
《コルカタ中心部の街並み ④》

時々、日本人などからするとホームレスのように見える家に住んでいる人たちもいます。
《ハウラー駅》

市内中心部を流れるフーグリー(Hooghly)川の対岸ハウラー(Howrah)地区に建つこの立派な建物はコルカタにいくつかある鉄道のターミナル駅の中でもひときわ大きなメイン・ターミナル、ハウラー駅です。
《ハウラー橋》

Howrah Bridge は、1937年に建設が始まり、6年後の1943年に完成したコルカタ中心部とハウラー地区を結ぶ705mの長さの 橋です。
フーグリー川の流れを妨げないよう、川の中に橋脚を設置せず両岸から支えているのが特徴です。
完成直後から世界で最も交通量の多い橋の一つとされていて、通過するのに2時間近くかかることもあるそうです。
なお、この橋の写真撮影は(多くの観光客は無頓着ですが)基本的には厳禁だそうですので注意しましょう。
《フェリー埠頭 ①》

ハウラー橋の渋滞は尋常ではないので、歩行者は通常、川の横断には15分おきに出ているフェリーを利用します。
《フェリー埠頭 ②》

フェリー埠頭はコルカタ側には4か所あり、地元の人たちの生活には無くてはならないものとなっています。
《インドの鉄道 ①》

同様に地元の人たちにとって重要な足となっているのが鉄道です。
インドは移動人口が多いので大量輸送が可能な鉄道が移動の主体となっていますが、通勤などの近距離でも多くの人々が利用する鉄道天国(総延長は62,000kmを超えて世界第5位)です。
《インドの鉄道 ②》

上の写真のように駅もあります(当たり前ですね)が、駅まで歩くのが面倒な人や、あまりお金を払いたくない人などが途中の線路脇で電車を待っている姿もちらほら見かけられます。
それでも日本のように「線路内に人が立ち入った」という理由(意味は違いますが)で運行に支障が出るということはほとんど無いようです。
《セント・アンドリュー教会》

先ほどモスクをご紹介しましたが、当然のことながらインドにはキリスト教徒も沢山います。人口比だと国全体で5%程度、特に南部のゴアやケララ州などに多いとされていますが、カルカッタも早くから東インド会社の拠点とされてきたことから、特に市街地中心部のダルハウジー広場(Dalhousie Square)周辺にはいくつかの歴史ある教会が建っています。
写真の St. Andrew's Church は1815年に建てられた教会ですが、1835年に主塔に設置された時計はロンドンで造られたものだそうで、世界中を見ても現在も稼働し続けているのは極めて珍しいものだそうです。
《セント・ジョーンズ教会 ①》

ダルハウジー広場の1ブロック南に建つ1787年完成の St. John's Church はコルカタで3番目に古い教会で、英領インドの初代総督ヘースティングス(Warren Hastings)がベンガル州知事時代に執務室として使っていた部屋も残されています。
《セント・ジョーンズ教会 ②》

内装は青を基調とした珍しいタイプですが、デザイン自体は至ってシンプルです。
《モイダン公園》

ダルハウジー広場の2ブロックほど南にはコルカタのセントラル・パークとも言われる南北約3km、東西約2kmの広大な公園 The Maidan があります。
早朝から深夜まで地元の人の憩いの場となっていますが、この日はオレンジの帽子を被った団体客でごった返していました。残念ながら何が目的でどこから来たのかわかりませんでしたが、インドは団体旅行も規模が違います。
《シャヒード・ミナール》

そのモイダン公園の北寄りに建つのは、高さ48mのShaheed Minar(ベンガル語で「犠牲者の塔」の意)です。
もともとは1816年の対グルカ戦争勝利等を記念して1828年に建てられたOchterlony Monument(当時の司令官の名の記念塔)ものでしたが、1969年にインド独立運動での犠牲者を追悼するものとして位置づけ及び名称が変更されたものだそうです。

なお、バングラデシュのダッカにも同名のもっと有名な建造物がありますが、意味は同じながら、それとは趣旨もデザインも違います。
《サダル・ストリート》

モイダン公園の東側、コルコタ市内を南北に走る目抜き通りであるチョウロンギ(Chowringhee)通りから東に延びる路地の1本が、バンコクのカオサン・ロード、ニューデリーのパハール・ガンジと並んで世界3大バックパッカー沈没ストリートとも言える Sudder Street です。
訪れたのは昼間だったとはいえ、想像していた様子とは違って物静かな雰囲気に包まれていました。
《ヴィクトリア記念堂 ①》

モイダン公園の南東に建つ Victoria Memorial は、1906年から21年まで約15年の歳月をかけて、亡きビクトリア女王を記念して建てられたもので、現在、内部は博物館となっています。
《ヴィクトリア記念堂 ②》

博物館には30,000点を超える美術品が所蔵されています。
それが目当てかどうか定かではありませんが、ここはインド人にとってもコルカタ有数の人気のスポットとなっていて、入場するために長い長い行列を作っています。
因みに、インド人は全体の人数が多い上に外出や旅行が大好きなので、どこへ言っても非常によく並んでいます。
《ヴィクトリア記念堂 ③》

私たちも最初並んでみたのですが、1時間以上はかかりそうな気配だったため初日は入場を諦め、翌日気合を入れて出直したところ、案外さらっと入場することができました。前日は日曜日だったのが良くなかったのかもしれません。なお、入場料は4ルピー(約7円2013年現在)。インドでは珍しいインド人・外国人一律料金でした。
《ヴィクトリア記念堂 ④》

先述のとおり建物内部は博物館なのですが、この日は月曜日で休館だったので、皆さんせっかく4ルピーも払って入場したのに庭でのんびりするばかりでした。
因みに、博物館は別途入場料150ルピーかかります。個人的にはあまり博物館というタイプではないので、閉まっていて逆に良かったなどと失礼なことを考えたりしてしまいました。
《ヴィクトリア記念堂 ⑤》

ロンリー・プラネットによれば、US Capitol(アメリカ合衆国国会議事堂)とタージ・マハルを融合させたようなデザインとの記述がありましたが、確かに前者には似ている部分がありますが、後者との類似点は大理石が多用されている点くらいじゃないかと思いました。
《セント・ポール寺院 ①》

道を挟んでヴィクトリア記念堂の東に建つ St. Paul's Cathedral は1847年に完成した教会です。
《セント・ポール寺院 ②》

白を基調としているところはヴィクトリア記念堂に似ていますが、ヴィクトリア女王には失礼ですがあちらはちょっと男性的であるのに対して、こちらは非常に繊細な乙女の雰囲気です。
《ビルラー・プラネタリウム》

ついでに言うと、セント・ポール寺院のすぐ北には Birla Planetarium という建物が建っています。名前のとおりプラネタリウムですが、世界有数の大きさだそうです。
この日はヴィクトリア記念堂の博物館が休館だったからか、それとももはや並ぶこと自体が目的となってしまっているのか、ここでもインド人たちによる長蛇の列が形成されていました。
《カーリー女神寺院の参道 ①》

ヴィクトリア記念堂の約3km南にある Kali Temple は殺戮と破壊の神であるカーリー女神を祀った寺院で、ヒンドゥー教徒にとってコルカタで最も神聖な場所とされ、毎日多くの信者や観光客が訪れます。
《カーリー女神寺院の参道 ②》

この寺院のあるカリガート地区は、古くから門前町として栄え、お供え物の他、寺院に関係あるなしにかかわらず様々な商品を売る店が軒を連ねています。
経済が活発だと子供たちも元気です。
《カーリー女神寺院の入口 ①》

中央に見えるのがカーリー女神寺院です。
いつも多くの人で溢れていると聞いていたのですが、訪れたのは午後だったのであまり混んではいませんでした。
《カーリー女神寺院の入口 ②》

参拝者は主に山羊の生け贄の儀式などが行なわれる午前中に訪れるようで、ディズニーランドのアトラクションや米国の入国審査の時に並ぶときのような行列スペースはがらがらで、近所の人が昼寝をしたり洗濯物を干したりしていました。
《カーリー女神寺院 ①》

入口付近まで行くと色々な人が入場料が必要だ(俺に払え)と言い寄ってきますが、実際は難なく無料で入場することができます(靴は脱がなければいけないので預け場所へのお礼(5ルピー程度)は必要です。
ただ、中は狭いうえ写真撮影は禁止されているので、中央に設置された3つ目のカーリー女神様の像と毎日午前中に行なわれる生け贄の山羊の首を刎ねるイベント以外には、見るべきものはあまりありません。
この写真は外部から裏に回って撮ったものです。
《カーリー女神寺院 ②》

塔の頂部は花と孔雀をモチーフにした美しい色合いのタイルで装飾されています。
《ビルラー寺院 ①》

カーリー寺院の3kmほど北東にある Birla Mandir は、1970年から26年の歳月をかけて建てられたヒンドゥー教寺院です。
先ほどプラネタリウムのところでも出てきたビルラーですが、これはインドでは(タタ自動車などで有名な)タタ(Tata)家と並ぶ財閥一家です。
《ビルラー寺院 ②》

この大金持ちのビルラー一家は、インド全土に18ものバブリーなビルラー寺院を建て、産業界だけでなく宗教の世界にも新たな価値観を創出し多大な影響を及ぼしています。
《パレシュナート寺院 ①》

最後に訪れたのは市内北西部にある Pareshnath Temple(別名 Sheetalnathji Mandir)というジャイナ教の寺院(Jain Temple)です。
《パレシュナート寺院 ②》

1867年に完成した非常に煌びやかな寺院ですが、一般に入場が許されるようになったのは2012年からのことだそうで、2013年訪問の私はとてもラッキーでした。
《パレシュナート寺院 ③》

ジャイナ教はインド以外にはあまり伝播しなかった上、インド国内におけるジャイナ教の信者は国民の0.4%程度とされていますが、それでも(国内だけで)約500万人いる計算になり、世界第9位の大宗教です。
《パレシュナート寺院 ④》

私が訪れた時には寺院内は閑散としていましたが、年に数千人の信者が訪れる、コルカタでは最も大きなジャイナ教寺院です。
ジャイナ教最大の本山はインド西部グジャラート(Gujarat)州南部のシャトルンジャヤ(Shatrunjaya)山にあるパリタナ(Palitana)で、863もの寺院からなる山岳寺院都市となっています。
《パレシュナート寺院 ⑤》

それはともかく、この寺院は壁から柱に至るまで小さな鏡が大量に埋め込まれた上、所々に金の装飾が施され、この上ないゴージャス感を撒き散らしています。
《パレシュナート寺院 ⑥》

全体のデザインも美しいですが、細部も抜かりなく非常に丁寧に造られています。
《パレシュナート寺院 ⑦》

ジャイナ教のことはほとんどよく解らない私ですが、それでもとても堪能することができました。
大きくはないですが、まるでおとぎの国のような雰囲気に浸りきれますので、時間があれば是非訪れてみて下さい。

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*また、コルカタは、同じベンガル人による隣国バングラデシュと雰囲気がよく似ています。このページをご覧になって「ベンガル人大好き!!」と感じてしまった方は、この際なのでバングラデシュ(→ こちら)もご覧になっては如何でしょうか。彼らのことがますます好きになると思います。


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