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旅の写真集  インドネシア共和国(その4)HEADLINE

インドネシア観光の旅行記を兼ねた写真集(その4)です。ここでは、マレー半島の南に位置するインドネシア最西部のスマトラ島に残る民族的な町並みや手つかずの自然などをご紹介します。

《ブキティンギ ①》

Bukittingiは、西スマトラ州の州都であるPadang(パダン)からバスで2時間半ほどのところに位置する高原の町です。
《ブキティンギ ②》

ブキティンギとは、インドネシア語で「高い丘」という意味で、その言葉のとおり、1km四方ほどの中心部は丘のような高台の上に広がっています。
《ブキティンギ ③》

中心部にはタクシーやバイクタクシーも走っていますが、馬車タクシーも待機しています。
《ブキティンギ ④》

結構派手な出で立ちで、観光客用というのが見え見えの装いでしたが、利用している人も案外いて少し意外でした。
《ブキティンギ ⑤》

今回は、中心部から急な坂を20分ほど下ったところにあり、Booking.comの評価が高かった「Padi Ecolodge」という宿に泊まりました。

美しい棚田とシアノック渓谷(Ngarai Sianok)の壮大な崖に囲まれた静かな環境に位置しています。
《ブキティンギ ⑥》

敷地内には伝統的なミナンカバウ(Minangkabau、西スマトラに居住する民族集団)建築様式の建物が数棟建っています。

水牛の角のような曲線を描く屋根(ミナンカバウ人には「バゴンジョン」と呼ばれています)が特徴です。
《ブキティンギ ⑦》

宿泊した部屋から見た別棟の様子です。

1棟に3~4部屋配置されています。
《ブキティンギ ⑧》

翌日は、宿のオーナーのお勧めで付近の散策ルートを楽しむことにしました。

宿の裏手から市街地中心部とは反対方向の丘に続く長く急な階段を登ると小さな集落(コト・ガダン)に出ます。
《ブキティンギ ⑨》

丘の上と言っても、宿が渓谷の底のような場所に位置しているので、こちらも立派な田園地帯です。
《ブキティンギ ⑩》

ミナンカバウの伝統的な家はルマ・ガダン(Rumah Gadang、大きな家という意味)と呼ばれています。
《ブキティンギ ⑪》

こちらもルマ・ガダンです。

バゴンジョンが目立ちますが、どの家も独特でメルヘンチックなデザインです。
《ブキティンギ ⑫》

こちらは集落内にあるヌルル・イマン・モスク(Masjid Nurul Iman Koto Gadang)です。

伝統的なミナンカバウ建築様式と西洋建築様式が融合したユニークなデザインが特徴とされています。
《ブキティンギ ⑬》

ミナンカバウ人は厳格なイスラム教徒なので、子供達の装いもこんな感じです。
《ブキティンギ ⑭》

お揃いの制服を着て下校途中のようです。
《ブキティンギ ⑮》

田んぼの中を一人歩く姿も絵になります。
《ブキティンギ ⑯》

メインストリートはこんな感じです。

こんな小さな集落ですが、銀細工で有名だそうです。
《ブキティンギ ⑰》

集落の北の外れにあるシアッノク・ジャミク・モスク(Masjid Jamik Sianok)は、1790年に設立された非常に歴史のあるモスクです。

こんな田舎の小さな集落にも複数のモスクがあるというのもインドネシアならではです。
《ブキティンギ ⑱》

シアノック・ジャミク・モスクから更に北に進むと曲がりくねった急な坂道があり、それを下ると再びシアノック渓谷に出ます。
《ブキティンギ ⑲》

下りきったところで西に進みしばらく行くとタビアン・タクルアン(Tabiang Takuruang)と呼ばれる岩山が見えてきます。
《ブキティンギ ⑳》

因みに、タビアン・タクルアンはミナンカバウ語で「閉じ込められた崖」という意味だそうです。
《ブキティンギ ㉑》

周りを山(丘)に囲まれた渓谷の中心に浮かぶ姿はカルデラ山のようでとても印象的で美しいです。
《ブキティンギ ㉒》

帰りは、渓谷を流れる川沿いを歩きました。

川では地元の子供たちが遊んでいました。

手にしているのは長い木の幹です。
《ブキティンギ ㉓》

何が楽しいのか解らない上、あまり生産的とは思えない作業でしたが、男子も女子も丸裸で無邪気な様子に心が和みました。
《ブキティンギ ㉔》

こんな感じの一人さんぽでしたが、予想していたよりも充実していてとても有意義な一日になりました。

Padi Ecolodgeに泊まって、このコースを歩くのはとてもお薦めです(昼食時間込みで所要4時間半ほど)。

興味がある方は是非お試し下さい。
《ブキティンギ近郊ツアー ①》

翌日はこの地方の伝統的家屋や王宮を訪れる「ミナンカバウ・ツアー」に、ちょうど数日前から咲いているというラフレシアの花が見られるトレッキングを組み合わせたプライベート1日バイクツアーを組んでもらいました。

まずはラフレシアの花を見るためにバイクで30分ほど移動し、その後片道40分ほど険しい山道を進みます。
《ブキティンギ近郊ツアー ②》

途中からは道なき山の急な斜面を登ってくたくたになりながら、誰が見つけたのかわからない場所に咲く花に辿り着きました。
《ブキティンギ近郊ツアー ③》

ラフレシアの花は最大で直径90cm程にも達し、「世界最大の花」としてよく知られていますが、花を咲かすのには2年かかるのに、花が咲いたら約3日で枯れてしまうので、目にすることは難しいと言われています。
《ブキティンギ近郊ツアー ④》

ハエに花粉を媒介してもらうために汲み取り便所のような強烈な臭いがするとも言われていますが、1m以内に接近しても特に嫌な臭いを感じることがなかったのは幸いでしたが、少し興味はあったので肩すかしを食らった感じでほんのちょっぴり残念でした。
《ブキティンギ近郊ツアー ⑤》

オプションのラフレシアツアーに2時間くらい費やした後は、本題のミナンカバウ・ツアーです。

まずは恒例のルマ・ガダンです。随分立派な建物ですが特に名前は無いようです。
《ブキティンギ近郊ツアー ⑥》

Tabek Patahという村ではコーヒーの精製所も訪れました。
《ブキティンギ近郊ツアー ⑦》

再び名もなきルマ・ガダンです。
《ブキティンギ近郊ツアー ⑧》

こちらはシリンドゥアン・ブラン宮殿(Istano Silinduang Bulan)というそうですが、今では集会所として使われているとのことです。

とても美しく豪華な造りの建物ですが、ほとんど観光客がいないのが不思議です。
《ブキティンギ近郊ツアー ⑨》

シリンドゥアン・ブラン宮殿から500mほど南にあるのが、この日の観光の目玉であるパガルユン宮殿(Istano Basa Pagaruyung)です。

ミナンカバウ様式では最古最大だそうで、とても多くの観光客で賑わっています。
《ブキティンギ近郊ツアー ⑩》

敷地内には多数のゆるキャラが大きな顔をして屯しています。
《ブキティンギ近郊ツアー ⑪》

館内は博物館としても機能していて、ミナンカバウ族の伝統的な衣装を着たマネキンも展示されています。
《ブキティンギ近郊ツアー ⑫》

内部は壮大な木造建築で、多くの柱と美しい装飾が特徴です。

ただ、元々この宮殿は17世紀に建てられたとのことですが、現在の建物は1976年に再建されたレプリカが2007年に落雷により焼失し、その後再び再建されたものだそうです。
《ブキティンギ近郊ツアー ⑬》

左の写真にに見られるような豪華な黒地の織物には、孔雀や花などの植物をモチーフにした金色の刺繍が施されています。

なお、ミナンカバウ社会は世界最大の母系社会として知られており、土地や家屋などを含め財産は母から娘へと受け継がれるそうです。
《ブキティンギ近郊ツアー ⑭》

こちらは外壁の装飾です。細かい植物の紋様で彩られています。
《ブキティンギ近郊ツアー ⑮》

パガルユン宮殿の建物の脇には、同じくルマ・ガダンの様式で建てられた穀物倉庫が建っています。
《ブキティンギ近郊ツアー ⑯》

次に訪れたのは、バリンビン(Balimbing)という村にあるルマ・トゥオ(ガダンとも呼ばれる)・カンパイ・ナン・パンジャン(Rumah Tuo(Gadang) Kampai Nan Panjang)です。
《ブキティンギ近郊ツアー ⑰》

350年以上前に建てられたルマ・ガダンで、釘が1本も使用されていないそうです。

とても貴重な文化財ですが、今でも結婚式や葬式などの式典に使われているとのことです。
《ブキティンギ近郊ツアー ⑱》

こちらは、ルマ・ガダン・ガジャ・マハラム(Rumah Gadang Gajah Maharam)です。

ガジャ・マハラムというのは「休息する象」という意味で、その大きさや壮大さから家屋の形が象に似ていることに由来しているのだそうです。
《ブキティンギ近郊ツアー ⑲》

また別の名も無いルマ・ガダンです。

ブキティンギ近郊には、このように無数のルマ・ガダンが村の中に平然と建っていて、このページでご紹介したのはガイド(今回はバイクのドライバー)が案内してくれたものなので比較的有名なものだと思います。

観光客の立場からすると、どの建物が重要なのかさっぱりわからないので、一人で回るのはちょっと難しいですね。
《ブキティンギ近郊ツアー ⑳》

ツアーの最後は、シンカラ湖(Danau Singkarak)を訪れました。

ブキティンギの南、約30kmにあるスマトラ島で2番目に大きい湖です(因みに、スマトラ島最大の湖はインドネシア最大でもあり後にご紹介するトバ湖)。
《ブキティンギ近郊ツアー ㉑》

ミナンカバウ・ツアーはブキティンギ発のツアーでは最もポピュラーなもので、以前は団体ツアーが催行されていたそうなのですが、最近(と言っても私が訪れたのはコロナ前の2019年8月)は客が集まらないそうで、先述のとおり、プライベート・バイクツアーとなりました。

出発前は、8時間もの間バイクの後部座席に座っていられるのかと不安でしたが、特にお尻が痛くなるようなこともなく十分楽しむことができました。
《ブキティンギ ㉕》

翌日は、ブキティンギの市街地を観光することにしました。

まず向かったのは、宿から中心部へ向かう途中にあるパノラマ公園(Sianok Valley Panoramic)です。

展望台に続く通路には土産物店が並んでいます。
《ブキティンギ ㉖》

野生の猿もいます。
《ブキティンギ ㉗》

展望台からはシアノック渓谷の眺めが楽しめます。
《ブキティンギ ㉘》

高さは約100mあるそうで、日本のガイドブックには「インドネシアのグランドキャニオンともいわれ」と書いてありましたが、全長4kmでそれはちょっと言い過ぎだと思います。

敢えて言えば、ヨセミテの方がまだ少し似ている感じです。

でもグランドキャニオンやヨセミテとは違った牧歌的な美しさがあります。
《ブキティンギ ㉙》

パノラマ公園の脇には、旧日本軍の防空壕(Lobang Jepang)の入口があります。

1942年頃に日本占領軍が防衛目的で建設した防護トンネルで、1944年6月に完成したものだそうです。
《ブキティンギ ㉚》

全長は約6kmあるそうでアジア最長と言われていますが、そのうち約1.5kmが公開されています。

入口を入ると急な長い階段が奥深くまで続いています(防空壕の入口は他にも2~3箇所ありますが、他は渓谷側になってしまうため、通常はまたこの階段を昇って来ることになります)。
《ブキティンギ ㉛》

階段を降りきると、通路で繋がった多くの部屋があり、司令部室、食堂、武器弾薬庫、兵隊の宿舎などに使われていたそうです。

なお、この地下壕は、ジャワ島その他から連れて来られた多数の現地人(インドネシア語で「Romusha」と言われています)達により建設され、彼らは秘密保持のために建設が終わると殺されたそうです。
《ブキティンギ ㉜》

悲しい話を聞いた後は、中心部の時計塔に集まる地元の人々とともに平和な夕暮れのひとときを過ごしましました。
《インドネシアの食事 ①》

その後、中心部のレストラン(New Monalisa)ではミーゴレン(焼きそば)を食べました。

ただ、インドネシアの多くのレストランでは乾麺(ほとんどの場合、日本のカップ焼きそばのような油揚げ麺)を使っているのに対して、この店は生麺を使った中華風で、私が今まで海外で食べた焼きそばの中では指折りの美味しさでした。

なお、ブキティンギ(というかスマトラ島全般)は厳格なイスラム教徒が多いのでビールを置いてある店は少ないです。

その点からも、この料理はミーゴレンではなく、中華系の経営者によるChow Meinだったのだと思います。
《インドネシアの食事 ②》

参考までに、これが今回泊まった宿で食べた典型的なインドネシア風ミーゴレンです。

ペヤングの大盛りという感じです(ただしソースはこちらの方が好みです)。
《インドネシアの食事 ③》

因みに、通常のインドネシアの食堂での食事はこんな感じです。

白米にちょっと辛みの効いたソースをかけて付け合わせの野菜などを添えたものに、一品か二品のメインディッシュを選びます。

この日は魚のスパイス煮込みでした。これで200円程度です。
《インドネシアの食事 ④》

更に因みに、この辺りを代表する「パダン料理」はこんな感じで出てきます。

席に着くと、食べ放題のようなライスと共にありったけの料理がテーブルの上に並べられ、そこから好きな物だけ食べて、食べた分だけ精算するという仕組みです。

パダン料理はインドネシア全土でも非常に人気のある郷土料理で、全国どこにでもパダン料理レストランはあります(ただ、他の土地ではこのように並べられることは少なく、1枚上の写真のようにメインディッシュをショーケースから選ぶ(あるいは元々決まっている)のが一般的です)。
《インドネシアの食事 ⑤》

食事シリーズの最後は、朝食です。

左の写真は今回泊まった宿で出てきたナシゴレン(インドネシア風炒飯)です。

欧米式のトーストなどを出す宿もありますが、大抵ナシゴレンも選べます。

個人的には日本人にはありがたいスタイルの朝食だと思います。
《ブキッラワン ①》

次(と言ってもブキティンギを訪れた約3年後の2022年10月)に訪れたのは、スマトラ島北部のインドネシア第4の都市メダン(Medan)から90kmほど西の山奥にあるブキッ・ラワン(Bukit Lawang)です。
《ブキッ・ラワン ②》

ブキティンギに名前が似ていますが、先述のとおりインドネシア語で "Bukit"は丘という意味です。

Lawangは、ナツメグから造る香辛料の一種だそうですので、Bukit Lwangは「ナツメグの丘」といった意味になります。
《ブキッ・ラワン ③》

とはいうものの、ブキッ・ラワンのロケーションは丘とは程遠く、バホロク川(Sungai Bahorok)という小さな川沿いに位置しています。

1枚目の写真がメダンに続くメインストリートで、中心部にはそれに平行して左の写真のようなバイクまでしか通行できないような道がある程度の小さな村です。
《ブキッ・ラワン ④》

この辺りは熱帯雨林地帯ということで雨が多いからか一部屋根付きの部分もありました。
《ブキッ・ラワン ⑤》

この道路沿いには土産物屋や雑貨店、小さな食堂などが並んでいます。
《ブキッ・ラワン ⑥》

しかし5分も歩くとこんな長閑な風景になります。
《ブキッ・ラワン ⑦》

今回泊まった宿「Green Travelodge Bukit Lawang」は、川を挟んで反対側にあったので、村に3本ほどある吊り橋(歩行者専用)のうちの一つを渡ります(写真は今来た道路側を振り返って撮った様子です)。
《ブキッ・ラワン ⑧》

吊り橋から見た先ほどの通路沿いの町並みです。何だか日本の寂れた小さな温泉街のような風情です。

ただし、こんな小さな村ですが、ここは世界遺産(自然遺産)に登録されたスマトラオランウータンの最大の動物保護区であるグヌンルスル国立公園(Taman Nasional Gunung Leuser)への観光拠点であることからツーリスト(特に欧米からのバックパッカー)が多く訪れるため、川の両側には多くの民宿やロッジが点在しています。
《ブキッ・ラワン ⑨》

それら旅行社をターゲットにした職業に就いている人が多いからか子供も多く、村にはそれなりに立派な小学校(もしかしたら中学校)もありました。

女性の先生に「子供たちに英語を教えてくれ」とせがまれましたが、そんな技量も時間もないので笑ってごまかして逃げました。
《ブキッ・ラワン ⑩》

一方で、未就学児なのかわかりませんが、川では結構な数の子供たちが水遊びに興じていました。
《ブキッ・ラワン ⑪》

少し離れたところでは兵学校の学生のような団体が制服で水に浸かる訓練をしていました。
《ブキッ・ラワン ⑫》

座ったり立ったりを繰り返していましたが、この辺りにそのような学校があるようではなかったので、わざわざ合宿に来ていた感じでした。

それをじっと見つめている村人も結構いたので、それなりに珍しい行事だったのかもしれません。
《ブキッ・ラワン ⑬》

脇では同様に、お揃いの制服を着た若い女性(多分女学生)が膝くらいまで水に浸かっていました。

結局、意味がわかりませんでしたが、なかなか興味深い出来事でした。
《ジャングル・トレッキング ①》【世界遺産】

村の様子も興味深いですが、せっかくわざわざ山奥の国立公園まで来たので、翌日からジャングル・トレッキングに出かけました。

1泊2日で一人90ユーロとインドネシアにしては中々のお値段です(料金はLonely Planetにも掲載されている国立公園入園料を含む2022年当時の公定価格です。因みに2泊だと120ユーロ、3泊だと170ユーロなどとなります)。

出発してしばらくすると早速動物を発見しました。
《ジャングル・トレッキング ②》【世界遺産】

アチェ・リーフモンキーというスマトラ島北部でのみ見られる種だそうです。
《ジャングル・トレッキング ③》【世界遺産】

こちらはサイチョウという鳥です。名前は、頭部にある鶏冠が動物のサイの角のように見えることに由来しているそうです。

なお、この大きな突起(カスク)は重そうに見えますが、内部はスポンジ状になっているため非常に軽いそうです。
《ジャングル・トレッキング ④》【世界遺産】

次は、マレー半島、スマトラ島、ボルネオ島の森林地帯のジャングルにのみ生息するというセイランという大型のキジ科の鳥です。

非常に臆病な鳥で、野生下で姿を見ることは稀なそうなのでラッキーでした。
《ジャングル・トレッキング ⑤》

この辺りで、ちょっと休憩です。

因みに、今回の参加者は1泊組が5人(自分以外はドイツ人の若いカップルとアメリカ人(グアム在住)のカップル)、2泊組が3人(アチェ出身の若い男性とドイツ人の女性2人組)がキャンプ地までほぼ同じルートを歩きました。

なお、ガイドは1泊グループに3人、2泊グループに2人付きました。
《ジャングル・トレッキング ⑥》

昼食は、ナシゴレンの弁当とフルーツです。

フルーツは盛り付けも凝っていてホスピタリティに溢れる感じで、とても美味しく頂くことができました。
《ジャングル・トレッキング ⑦》【世界遺産】

再び猿です。先ほどネットで調べたらミナミブタオザルという変な名前の猿で、東南アジアの熱帯雨林で広く見られる種だそうです。
《ジャングル・トレッキング ⑧》【世界遺産】

更にしばらく進むと遂に今回のトレッキングのハイライトであるオランウータンに遭遇しました。
《ジャングル・トレッキング ⑨》【世界遺産】

1日(日帰り)トレッキングだと、オランウータンを見られる可能性は五分五分程度ということだったので、少なくともこれで1泊にした甲斐があったというものです。
《ジャングル・トレッキング ⑩》

15時過ぎになってようやく、この日宿泊するキャンプ場に到着しました。
《ジャングル・トレッキング ⑪》

竹や木材の骨組みに防水シートを被せた簡素な構造の大型テント小屋が川沿いに5棟くらい並んでいるだけです。

因みにトイレの類いはありません。男女ともに物陰(気に入った場所)に隠れて用を足すというスタイルです。

夕食は河原でバーベキューを楽しみました。
《ジャングル・トレッキング ⑫》【世界遺産】

キャンプ場で寛いでいると、一頭のオランウータンが登場しました。
《ジャングル・トレッキング ⑬》【世界遺産】

人に馴れているわけではありませんが、ほとんど物怖じする様子はありません。
《ジャングル・トレッキング ⑭》【世界遺産】

2~3日に一度くらいの頻度でキャンプ客が残した食べ物などを求めて現れるそうです。
《ジャングル・トレッキング ⑮》【世界遺産】

当然のことながら、ここは完全な野生動物保護区なので、餌をあげたりすることは厳禁ですし、残した食べ物などはガイドが責任を持って持って帰ります。
《ジャングル・トレッキング ⑯》【世界遺産】

それでも現れるということは、意図せずに落としたり忘れたりしてしまった食べ物などが残っていることなのではないかと思います。

万全の注意をしないといけませんね。
《ジャングル・トレッキング ⑰》【世界遺産】

因みに、オランウータンというのはインドネシア語で「森の人」という意味で、現生種はボルネオ島とスマトラ島の一部にのみ分布している上、類人猿の中で最も樹上性の傾向が強く、ほとんどの時間を樹上で過ごすということから、このように地上で間近で見られるというのは非常に稀なことのようです。

とてもラッキーなひとときでした。
《ジャングル・トレッキング ⑱》【世界遺産】

そんなジャングルトレッキングですが、ここにご紹介した写真だけご覧頂くと随分楽しそうなツアーに見えますが、実際のところはそうでもありませんでした。
《ジャングル・トレッキング ⑲》【世界遺産】

ガイドによると、このキャンプサイトはブキッラワンの村からほんの3つほど山を越えただけの場所とのことでしたが、ここへ至るまでの道は凄まじく、雨の降りしきる中、酷くぬかるんだ最大傾斜角45度はありそうな道をロープを伝ったり尻を擦ったりしながら5時間以上かかりました。
《ジャングル・トレッキング ⑳》【世界遺産】

精根尽き果てるとは正にこのような状態だと実感しました。

皆さんも覚悟して臨みましょう。

ただ、私は1泊だけでよれよれになってしまいましたが、中には、先ほどご紹介したように2泊する人や、長い人では1週間くらいの行程を楽しむ猛者もいるようです。

体力に自信のある方は是非チャレンジしてみて下さい。
《ジャングル・トレッキング ㉑》【世界遺産】

帰りは再び山を3つくらい超えてブキッラワンの上流3kmくらいのところの川に出て、そこから急流をラフティングで戻りました。

ラフティング自体には興味は全くありませんでしたが疲れ果てた身体には非常に爽快でした。
《トバ湖 ①》

ブキッラワンの観光を終えると、翌日には車(乗合いのチャーター車)で8時間ほどかけて、トバ湖(Danau Toba)湖畔の町パラパット(Parapat)に到着しました。

ここから約1時間ボートに乗って、湖の中央に浮かぶサモシール島(Pulau Samosir)に向かいます。
《トバ湖 ②》

トバ湖は、東南アジア最大の湖で、世界最大のカルデラ湖でもあります。
《トバ湖 ③》

サモシール島とパラパットを結ぶボートは1時間に1本程度出ているのでとても便利で、多くの観光客(ここも欧米人のバックパッカーが非常に多い)はサモシール島に宿泊してのんびり過ごす傾向があるそうです。
《トバ湖 ④》

私もここで3泊しましたが、当初はスクーターでも借りて島を周遊しようかなどと考えていたところ、サモシール島自体が沖縄本島の半分ほどの大きさ(シンガポールとほぼ同じ面積)というほど広い上に、見どころはあまりないため、宿のあるトゥクトゥク(Tuk Tuk)周辺を散策するだけに留めました。
《トバ湖 ⑤》

1970年代から欧米のヒッピーが好んで滞在していたというサモシール島最大の集落トゥクトゥクですが、私が訪れたのはコロナ明け直後の2022年10月ということもあって、非常に閑散としていました。
《トバ湖 ⑥》

マジック・マッシュルームの看板を堂々と掲げる店が多いのも往時の面影を偲ばせます。
《トバ湖 ⑦》

インドネシアの離島(ジャワ島以外)と言えば、普通の日本人はバリ島やロンボク島を目指しますが、今回のスマトラ島も非常に独自の文化と自然が残る見どころが多い島なので、機会があれば皆さんも是非訪ねてみてはいかがでしょうか。

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