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旅の写真集  ルワンダ共和国HEADLINE

ルワンダ観光の旅行記を兼ねた写真集です。ここでは、首都キガリと国内西部に位置するキブ湖周辺の様子をご紹介します。

《ルワンダへの道》

ルワンダは西にコンゴ民主共和国、北にウガンダ、東にタンザニア、南にブルンジと国境を接するアフリカ東部の小さな内陸国です。

それらの国(特にウガンダとタンザニア)から陸路で入国することも可能ですが、近隣のアフリカ各国や中東、ヨーロッパの一部の国などからも飛行機が飛んでいます。

今回はケニアのナイロビからルワンダ航空(Rwanda Air)を利用しました。

皆さん整列して搭乗の順番を待っているのが微笑ましく、今回の旅の成功が予感されました。
《キガリ国際空港》

空港は非常に近代的な建物です。

なお、ルワンダの入国に際しては環境保護の観点からプラスティック・バッグ(日本で言うところのビニール袋)の持ち込みは厳しく禁止されているとのことで、今回の旅行では全て布製の袋に入れて万全を期して臨んだのですが、全くノーチェックでした。(陸路では荷物を全て開けられて取り上げられるという情報も(日本の某有名ガイドブックによると)あるのですが定かではありません。)
《キガリ中心部 ①》

ルワンダはほぼ赤道直下であるにもかかわらず全土が標高約1,500m程度の丘陵地帯となっているため気候は1年を通して非常に温暖です。
《キガリ中心部 ②》

ルワンダ自体が「千の丘の国」と呼ばれるほど丘だらけの国ですが、首都の Kigali 自体も数え切れないほどの丘から成り立っています。
《キガリ中心部 ③》

一般の人にはイメージしづらいかもしれませんが、中心部は非常に洗練された建物が建ち並んでいて、あまりアフリカらしくありません。
《キガリ中心部 ④》

市街地も非常に美しく整備されていて「アフリカのシンガポール」とも呼ばれるほどです。
《キガリ中心部 ⑤》

中心部に設置されたゴミ箱は(もちろん全てではありませんが)分別式で、デザインもお洒落です。

典型的な地元の若者が喜ぶ姿をイメージしたと思われるビールの広告は、夜は太陽光発電でライトアップされるというハイテク振りです。
《キガリ中心部 ⑥》

特に裕福な国ではありませんが、走っている車も近隣諸国に比べると非常に新しい傾向が感じられます。
《キガリ中心部 ⑦》

前述の通り標高もそこそこ高い上に、市内も坂道だらけなのでちょっと歩くだけでも簡単に疲れます。
《キガリ中心部 ⑧》

そんな訳で、道端には至る所にバイクタクシー(地元ではMoto-Taxiと呼ばれています)が客待ちをしています。
《キガリ中心部 ⑨》

結果として、東南アジアの多くの国のように二人乗りのバイクが縦横無尽に走り回っています。
《キガリ中心部 ⑩》

アフリカでもバイクタクシーというのは結構ありがちですが、ルワンダの優れたところは客用のヘルメットが用意されていることです。

これはもちろん安全を配慮したものですが、営業用で空車のバイクは(左の写真のように)予備のヘルメットを抱えて走っているので見つけやすいというメリットもあります。
《キガリ中心部 ⑪》

ところで、ルワンダはマウンテン・ゴリラの観察が観光の目玉となっているだけあって、中心部のロータリーにはゴリラ様の像がうやうやしく飾られていたりします。

ただし、ルワンダでのゴリラ・トレッキングは、1日当たり80人までに限られる許可証の取得だけで一人US$1,500(2019年現在)かかるため、よほどのゴリラ・マニアでないと参加は現実的ではありません。
《キガリ・ジェノサイド・メモリアル ①》

そんな中、ルワンダを訪問する外国人がほぼ100%訪れるスポットがキガリ中心部から3kmほどのところにある Kigali Genocide Memorial です。
《キガリ・ジェノサイド・メモリアル ②》

2004年に開館したこの施設は、1994年に発生したルワンダ虐殺を記念して建てられたものです。
《キガリ・ジェノサイド・メモリアル ③》

なお、ルワンダ虐殺とは、簡潔に言うと、1994年4月7日から約100日の間に、フツ族系の政府とそれに同調するフツ過激派によって国内のツチ族とフツ穏健派の人々が約100万人(当時の全国民の約20%)殺害されたという事件です。
《キガリ・ジェノサイド・メモリアル ④》

一口に100万人と言いますが、ナチスによるホロコーストの犠牲者が全世界で約600万人(うちポーランド国内が約半数)であることを考えると、この小さな国内で100日間という短い期間に、それも同じ国民(近所)同士によって虐殺されたというのは想像を絶する事実です。
《キガリ・ジェノサイド・メモリアル ⑤》

加えてその背景、経緯、虐殺方法など全てが信じがたいもので、人類というものの心の奥に潜む恐ろしさを痛感させられます。

筆舌に尽くしがたく、ここではスペースもないので省略させていただきますが、興味のある方はWikipediaをご参照下さい。

個人的には、この記念館を訪れるだけのために遙かルワンダを訪問する価値すらあると思います。
《キャンプ・キガリ・メモリアル》

こちらは市中心部にある Camp Kigali Memorial で、同年4月7日早朝に国連の平和維持軍の兵士であったベルギー人10人が犠牲になったことを記念して建てられたものです。

この事件をきっかけに国連及び国際社会は虐殺から目を背け、結果的に黙認することになりました。
《ホテル・ミル・コリーヌ ①》

Hotel des Mille Collines はフランス語で、直訳すると「千の丘のホテル」という意味で、その名の通りホテルです。
《ホテル・ミル・コリーヌ ②》

キガリの中心部にありますが、虐殺当時、1,200人以上のツチ系の難民が匿われて助かったという場所で、その逸話は「ホテル・ルワンダ」というタイトルで2004年に映画化され、世界中でヒットしました。
《ホテル・ミル・コリーヌ ③》

きれいなプールが自慢の高級ホテルですが、映画の舞台となったこともあって今では宿泊客以外にも多くの人々が訪れます。

ただ、実際に映画が撮影されたのはこのホテルではなく南アフリカだということです。

どちらにしろ、映画自体も見応えがありますので、重い内容ではありますが是非ご覧になることをお薦めしします。
《キガリのバス・ターミナル ①》

そんなキガリに別れを告げて、より自然豊かな地方部に向かうためバイクタクシーでバス・ターミナルに到着しました。
《キガリのバス・ターミナル ②》

整然とした町中と違ってここは地元の人々で溢れ返って活気に満ちています。
《キガリのバス・ターミナル ③》

不思議なことにキガリ中心部ですらあまり感じることはありませんが、ルワンダはアフリカで最も人口密度が高い国です。
《キガリのバス・ターミナル ④》

そのため(だけという訳でもないと思いますが)、ターミナル周辺にはバイクタクシーが群れをなしています。

写真の人たちは信号待ちをしている訳ではなく、客待ち状態です。

意外と整然と並んでいるのは日本人からするととても好感が持てます。
《キブ湖 ①》

キガリの西約130km、バスで約3時間半のところにあるキブエ(Kibuye)はキブ湖(Lake Kive)畔の小さな村です。
《キブ湖 ②》

キブ湖は西の対岸に広がるコンゴ民主共和国との国境にもなっているのですが、キブエは入り江状の地形の奥に位置しているため非常に残念ながらコンゴ側の様子は見えません。
《キブ湖 ③》

ロンリープラネットによると、キブエはルワンダで最も美しい村の一つということだったので期待して訪問しましたが、湖は美しいものの村自体は何の変哲もありませんでした。
《キブ湖 ④》

ただ、現在の静かでのどかな景観からは想像が難しいですが、キブ湖周辺は国内でも特にジェノサイドが酷かったとのことで、中でもキブエでは当時この土地に住んでいたツチ族の住民のうち9割が虐殺されてしまったそうです。
《ギセニ ①》

キブエ自体、見どころはあまりないので、約100km北にある、キブ湖畔最大の町 Gisenyi に移動しました。

この日から2泊した宿は大小約10のテント小屋からなる、ロンリープラネットでもお薦めのバジェット・フレンドリーな施設でした。
《ギセニ ②》

テントの中は広くはありませんが非常に清潔に保たれていて居心地は悪くありません。
《ギセニ ③》

高台にあるため、キブ湖の眺めもばっちしです。
《ギセニ ④》

テント前のデッキチェアで少しお洒落風味に寛いだ後、湖畔に散策に出てみました。
《ギセニ ⑤》

ギセニ自体は国内でも有数の大きな町なのですが、宿は中心部から10kmほど南に位置していたため、周囲はのどかな村といった雰囲気です。
《ギセニ ⑥》

野外マーケットもローカルな風情に満ちていていい感じです。
《ギセニ ⑦》

人々もとてもフレンドリーで、特に子供については至る所で写真撮影をせがまれます。
《ギセニ ⑧》

何が嬉しいのかわかりませんが、お金ちょうだいとか言われないので、こちらも安心して対応することができます。
《ギセニ ⑨》

入れ替わり立ち替わりの順番待ち状態です。

上の写真の子と非常に似たユニフォームですが別人で、こちらはカタール航空、先ほどはエミレーツです。

発展途上国では航空会社のロゴ入りユニフォームを着ている人々をよく見かけますが、よっぽど安いのでしょうか。商標権とか無いにしても、普通のTシャツとかより普及している理由がよくわかりません。
《ギセニ ⑩》

水辺を歩いた後は、裏山に登ってみることにしました。
《ギセニ ⑪》

写真中央当たりが先ほど散歩したエリアです。
《ギセニ ⑫》

斜面にはバナナのプランテーションなどが見渡せます。
《ギセニ ⑬》

バナナです。
《ギセニ ⑭》

頂上付近からはギセニの隣町である、コンゴ民主共和国のゴマ(Goma)の町が見えます。
《ギセニ ⑮》

1994年のジェノサイド前後のルワンダ紛争の際には国連がルワンダ難民の避難所としてゴマキャンプを開設し、日本の自衛隊も派遣された町ですが、現在では平静を取り戻したルワンダ国内に反して、治安は非常に不安定で容易に入国できない状況になっています(それでもコンゴ民主国内では比較的安全な都市とされていますが)。
《ギセニ ⑯》

一致団結してレンガ造りに勤しんでいる家族がいました。

自宅用でしょうか。

皆さんにこやかで心が温まります。
《ギセニ ⑰》

ただ歩いているだけで至るところから声がかかります。
《ギセニ ⑱》

皆さん特に裕福ではなさそうですが、生きているのが楽しい真っ盛りといった感じで羨ましいです。
《ギセニ ⑲》

この子は随分シャイな様子でしたが、はにかんだ笑顔が素敵です。
《ギセニ ⑳》

翌日は再び湖に出て、宿に手配してもらった(と言っても友人に電話しただけだと思いますが)手こぎボートでクルージングを決め込むことにしました。
《ギセニ ㉑》

あまり広くはないビーチは多くの地元民で賑わっていました。
《ギセニ ㉒》

大多数の人は服を着ていますが、一部上半身裸の人もいます。
《ギセニ ㉓》

少しずつ近づいて更によく見てみると、子供たちは裸が多いですね。
《ギセニ ㉔》

写真では分かりづらいですが、下半身も裸丸出しで寝そべっている子供も結構います。
《ギセニ ㉕》

でも女子は上半身も着衣で入水していました。

なお、東アフリカのほとんどの湖には吸血虫(住血吸虫)が潜んでいて、ここキブ湖も例外ではないとのことなので、地元の人々に混じって泳いだりすることのないように注意しましょう。
《キブ湖ボートクルーズ ①》

そうこうしているうちに手配していたボートが到着です。

このボートは1時間ほど貸し切りで約1,500円と、地元の相場から言うとちょっと高めですが許容範囲でしょう。
《キブ湖ボートクルーズ ②》

それでもやはり彼らにとっては破格の手当なのか、極上の笑顔でとても楽しそうに漕いでくれます。
《キブ湖ボートクルーズ ③》

湖上から見た村の様子です。

山の斜面は、結構、開墾されています。
《キブ湖ボートクルーズ ④》

地元の漁師さんです。

キブ湖は漁業も比較的盛んだそうなので、食べるものにはあまり不自由しなさそうなのが幸いです。
《キブ湖ボートクルーズ ⑤》

乗合いボートタクシーも気軽に利用されています。
《キブ湖ボートクルーズ ⑥》

乗客の一人がじっとこちらを見ていると思ったら、いきなり立ち上がって満面の笑みでポーズを取ってくれました。

何がどうしてそんなにフレンドリーなんでしょうか。
《キブ湖ボートクルーズ ⑦》

1時間ほどのんびりしたクルーズを楽しみ岸辺に戻ってくると多くの人たちが熱心に洗濯に励んでいらっしゃいました。
《キブ湖ボートクルーズ ⑧》

陸に上がると辺り一面に無造作に洗濯物が干されていました。
《キブ湖ボートクルーズ ⑨》

アフリカ人の衣服は色合いが派手なものが多いですが、何色を着ていても映えて絵になります。
《キブ湖ボートクルーズ ⑩》

彼らがじっと見ているのは、私と入れ違いに欧米人の4人家族が2艘のボートで出航するところでした。

私の時はそれほどでもありませんでしたが、舟の周りは大勢の地元民で大盛況です。
《キブ湖ボートクルーズ ⑪》

ボートが岸から離れても呆然と立ち尽くしている彼らの姿が印象的でした。
《まとめ》

以上でルワンダの旅は終え、この後、陸路でウガンダに向かいました。

ルワンダと聞くと多くの人がジェノサイドを連想して今でも危ない国なのではないかと思われるかもしれませんが、治安はアフリカいちと言っていいほど良好なので、アフリカ初心者の方にもお薦めの国です。

アフリカに興味はあるけど治安が心配という方は同じように安全でフレンドリーな隣国ウガンダと併せて訪問されてみてはいかがでしょうか。

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