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旅の写真集  メキシコ合衆国(その3)HEADLINE

メキシコ観光の旅行記を兼ねた写真集(その3)です。ここでは、首都メキシコ・シティと世界遺産テオティワカン並びに国内第2の都市グアダラハラとメキシコを代表する酒テキーラの里テキーラなどの様子をご紹介します。

《メキシコ・シティ旧市街 ①》【世界遺産】

現在のメキシコ・シティの町は1428年頃から1521年まで栄えたアステカ文明の時代には湖上に浮かぶ都市で当時既に多くの住民が暮らす首都でしたが、スペイン人の侵略により湖が埋め立てられ、現在では人口約900万人(都市圏まで含めると約2,000万人)を誇る世界でも有数の大都市となっています。
《メキシコ・シティ旧市街 ②》【世界遺産】

旧市街の中心に当たるソカロ(Zócalo、中央広場)に面して建つのは1563年に着工し100年以上の歳月をかけて1681年に完成したというラテン・アメリカ全体でも最大級の大聖堂、メトロポリタン・カテドラル(Catedral Metropolitana)です。
《メキシコ・シティ旧市街 ③》【世界遺産】

いつも思いますがスペイン人というのはどうしてこんなに仕事がゆっくりなんでしょうか。

これではサグラダ・ファミリアがいつになっても完成しないのにも納得がいきます。
《メキシコ・シティ旧市街 ④》【世界遺産】

一方こちらはメトロポリタン・カテドラルの斜め裏にあるテンプロ・マヨール(Templo Mayor)と呼ばれるアステカ帝国時代の遺跡です。
《メキシコ・シティ旧市街 ⑤》【世界遺産】

14世紀前半に建設され、16世紀にスペイン人によって破戒された当時の都テノチティトラン(Tenochtitlan)の中央神殿の跡だそうです。

敷地内には見学用の通路が設けられていますが、随分入念に壊されたようで、かつての建造物の痕跡がかろうじて確認できる程度なのが残念です。
《メキシコ・シティ旧市街 ⑥》【世界遺産】

そんなメキシコ・シティ旧市街は1987年にユネスコの世界遺産に登録されています。
《メキシコ・シティ旧市街 ⑦》【世界遺産】

「メキシコシティ歴史地区(とソチミルコ、Historic Centre of Mexico City and Xochimilco)」というタイトルなのでどこまでが世界遺産なのか線引きは難しいと思いますが、ソカロ近くのこのような風景はなかなか良いと思いました。
《メキシコ・シティ旧市街 ⑧》【世界遺産】

ソカロに面して東側に建つ国立宮殿(Palacio Nacionel)は、1523年建造(現在の建物は1692年に再建されたもの)の当時のスペイン植民地支配の拠点であり、現在は大統領官邸を含む政府系組織のオフィスとなっています。
《メキシコ・シティ旧市街 ⑨》【世界遺産】

メキシコ独立の舞台ともなった建物で、毎年9月15日の独立記念日には大統領が自由の鐘を鳴らした後、ソカロに面したバルコニーに現れ、1810年のイダルゴ神父(Miguel Hidalgo)の「ドローレスの叫び(独立宣言)」を再現して群衆と共に「Viva Mexico!(メキシコ万歳)」「VivaI La Libertad!(独立万歳)」と叫ぶのが恒例となっているそうです。
《メキシコ・シティ旧市街 ⑩》【世界遺産】

それはともかく、この建物で最も有名なのがメキシコを代表する壁画家ディエゴ・リベラ(Diego Rivera)による壁画です。
《メキシコ・シティ旧市街 ⑪》【世界遺産】

正面階段から2階の回廊部分の半分近くまでに渡って「メキシコの歴史(Historia de México)」というパノラマが展開されています。
《メキシコ・シティ旧市街 ⑫》【世界遺産】

スペインの征服者が上陸した際の様子なども生々しく描かれています。
《メキシコ・シティ旧市街 ⑬》【世界遺産】

アステカ時代の先住民の様子から現代メキシコまでの歴史を描いた縦横2mほどの巨大な壁画群で2階の回廊部分を埋め尽くそうとした壮大な作品ですが、志半ばで中断し残念ながら未完に終わっています。
《メキシコ・シティ旧市街 ⑭》【世界遺産】

それでも芸術に造詣があまり深くない私にでさえ、その中でも有数の出来映えだと思いました。
《メキシコ・シティ旧市街 ⑮》【世界遺産】

こちらは作者不明でしたが、個人的にとても気に入った作品です。
《メキシコ・シティ旧市街 ⑯》【世界遺産】

ソカロから西に歩いて10分ほどのところに建つベジャス・アルテス宮殿(Palacio de Bellas Artes)は、メキシコで最も格式の高い劇場の一つとされ、夜毎クラシック・コンサートやオペラなどが上演されて人気を集めているそうです。
《チャプルテペック公園》

更に5kmほど西に進むとBosque de Chapultepec があります。

動物園や美術館、博物館などを備える日本でいうと上野公園のようなところです。
《国立人類学博物館 ①》

そのチャプルテペック公園の北側に建つのが、日本でいうところの東京国立博物館といった位置づけの Museo Nacional de Antropología です。
《国立人類学博物館 ②》

クロークに荷物を預けて入場するとすぐに目の前に現れるのが円柱型の大噴水で、この中庭を取り囲むように右手前から反時計回りに12の展示室が時代別に配置されています。
《国立人類学博物館 ③》

入念に全部見て回ったら1日では足りないほどの展示物の数です。

ただ、貴重なオリジナル作品が多いながらも、説明文のほとんどがスペイン語のみである上、レプリカが多く混在しているため、どれがどのくらい重要なのか判別が難しくメリハリを付けづらいのが最大の難点です。
《国立人類学博物館 ④》

こちらは第5室「テオティワカン」の最大の見せ物である、月のピラミッドの前に立っていた雨神「チャルティトゥリクエ」の巨像のオリジナルです。

身長3m以上はありそうな巨漢です。
《国立人類学博物館 ⑤》

そしてこちらが当博物館最大の見どころとも言える第7室「アステカ」です。
《国立人類学博物館 ⑥》

その中でも最大の目玉は向こう正面に展示された、メキシコ・シティのソカロ付近で1790年に発見された「アステカ・カレンダー」です。

直径約3.6mの円盤の中央に太陽神が掘られ、その周りに1年を18ヶ月(1ヶ月は20日)とした暦が取り囲んでいるというものです(中央の5つの部分と合わせて365日となる仕組みだそうです)。
《メキシコ・シティの地下鉄》

国立人類学博物館の見学を半日で終えると、地下鉄(メトロ)に乗って次の目的地に向かいました。

メキシコ・シティのメトロはスリが多いなど治安が悪いことで有名ですが、日中のあまり混雑していない時間帯であれば普通に注意していれば特に問題は無いようです。
《メキシコ国立自治大学 ①》【世界遺産】

次に訪れたのは Universidad Nacional Autónoma de México です。
《メキシコ国立自治大学 ②》【世界遺産】

UNAM(ウナム)というニックネームで呼ばれるこの大学は世界で唯一、キャンパスが世界遺産に登録されている大学なのです(2007年登録)。
《メキシコ国立自治大学 ③》【世界遺産】

一体全体、大学のキャンパスの何が世界遺産に値するのかという理由ですが、実はここにある建築物の多くは1949年から52年にかけて60人以上の建築家や芸術家などが関わって建設された20世紀モダニズムの傑作とされているのです。
《メキシコ国立自治大学 ④》【世界遺産】

例えば、大学本部の建物の側面にはリベラと同様にメキシコを代表する壁画家シケイロス(David Alfaro Siqueiros)の作品(大学の校章ともなっていますがタイトルは不明。鷲とコンドルらしい...)が掲げられています。
《メキシコ国立自治大学 ⑤》【世界遺産】

こちらも同じくシケイロスによる「手と鉛筆」という作品です。

左の数字はメキシコで重要な出来事があった年だそうで、アステカ帝国が滅亡した1520年、スペインからの独立戦争が始まった1810年、憲法が制定された1857年、メキシコ革命が始まった1910年と続いて、最後に19??となっています。

もう2020年代に突入してしまいましたが、ここには何が入るべきなのでしょうか。  
《メキシコ国立自治大学 ⑥》【世界遺産】

こちらはその北側に建つウナムを代表する建造物とも言える中央図書館です。

ほとんど窓がない代わりに4つの面がオルゴマン(Juan O’Gorman)による壁画で埋め尽くされ、もはやビルが目的なのか壁画が目的なのかわからないくらいのコラボ振りです。
《メキシコ国立自治大学 ⑦》【世界遺産】

世界最大の壁画とされているそうですが、ここまで来ると「壁画」じゃないような気もします。

因みに、各面のデザインには(当然のことながら)テーマがあるそうで、左の写真(南側)はスペイン植民地時代の圧政をイメージしているとのことです。
《メキシコ国立自治大学 ⑧》【世界遺産】

西側は学生たちの現代メキシコにおける役割を描いているそうで、
《メキシコ国立自治大学 ⑨》【世界遺産】

北側はアステカ文明を表わし、
《メキシコ国立自治大学 ⑩》【世界遺産】

東側は宇宙、科学、政治を象徴しているのだそうです。
《メキシコ国立自治大学 ⑪》【世界遺産】

本館の南側にはシケイロスの本大学内の壁画としては最も有名な「人民のための大学、大学のための人民(El pueblo a la Universidad y la Universidad al pueblo)」という作品が描かれていますが、この日は修復中でした。

なお、手前にいる人たちは自転車でキャンパス内を巡るツアーの人たちです。

大学内を回るツアーがあるというのも世界遺産に登録されたこの大学ならではです。
《メキシコ国立自治大学 ⑫》【世界遺産】

最後は、歯学部校舎に描かれたヘルゲラ(Francisco Eppens Helguera)作の「La superación del hombre por medio de la cultura(文化を通して人間を超越する)」です。

日本ではほとんど聞かないデザイナーですが、メキシコ国旗中央の国章もこの人が手掛けたというほど有名な方だそうです。
《メキシコ国立自治大学 ⑫》【世界遺産】

こんな感じで壁画ばかりご紹介してきましたが、キャンパスはとても広く、公園のように散策することもできるし、学食や売店などでは美味しいメキシカンフードが安く売られたりしていて色々楽しめます。

また、何といっても外に比べて圧倒的に安全なので、都会の喧噪を離れてのんびりすることもできます。

世界遺産などに興味がなくても、観光に疲れた時などにちょっと立ち寄ってみるのもお勧めです。
《テオティワカン ①》【世界遺産】

メキシコ・シティ中心部から約50km北西にある Teotihuacan は、紀元前2積頃に建設された古代都市の遺跡でメキシコ最大の見どころの一つです。
《テオティワカン ②》【世界遺産】

テオティワカンは4世紀以降に最盛期を迎え、人口は10~20万にも達したとされています。
《テオティワカン ③》【世界遺産】

町は南北を貫く「死者の道」(La Calle de los Muertos)と呼ばれる幅約40m、長さ5kmの大通り沿いにピラミッドや宮殿、住居などが整然と立ち並び、貯水池や下水道も整備されていたそうです。
《テオティワカン ④》【世界遺産】

遺跡の最も南に位置するケツァルコアトルの神殿(Templo de Quezalcoatl)は、四方を城壁に囲まれたピラミッド型の神殿です。
《テオティワカン ⑤》【世界遺産】

前面にはケツァルコアトル(農耕の神)とトラロック(雨の女神)の彫像で覆われ、テオティワカンの中でも最も美しい装飾が施されていることで有名です。
《テオティワカン ⑥》【世界遺産】

メキシコ・シティの国立人類学博物館に実物大のレプリカがありますが、こちらがオリジナルだそうです。
《テオティワカン ⑦》【世界遺産】

恐らく相当修復されたものだと思いますが、随分きれいに保存されています。
《テオティワカン ⑧》【世界遺産】

ケツァルコアトルの神殿付近から見た北方の様子です。

中央やや右に見えるのが太陽のピラミッド(Pirámides del Sol)、その左奥に見えるのが月のピラミッド(Pirámides de la Luna)です。
《テオティワカン ⑨》【世界遺産】

冒頭で死者の道は約5kmあったと書きましたが、現在ではケツァルコアトルの神殿から月のピラミッドまでの2km足らずだけが残っています。

それでも炎天下のメキシコの高地でこの距離を歩くのは疲れます。
《テオティワカン ⑩》【世界遺産】

1kmほど歩いてやっと太陽のピラミッドに到着です。
《テオティワカン ⑪》【世界遺産】

エジプトのギザのピラミッドほどではありませんが、底辺の一辺の長さが約225m、高さ65mと、世界3番目の大きさ(体積)を誇る大ピラミッドです。

因みに世界最大はクフ王のピラミッド(底辺約230m、高さ約146m)、第二位はカフラー王のピラミッド(底辺約215m、高さ約143m)(どちらもエジプト)だそうです。
《テオティワカン ⑫》【世界遺産】

ということは、登頂可能なピラミッドの中では世界最大のものとなるので、苦労して登り切ったときの嬉しさはひとしおです

頂上は多くの人で賑わっています
《テオティワカン ⑬》【世界遺産】

頂上からは月のピラミッドへ続く死者の道が望めます。
《テオティワカン ⑭》【世界遺産】

こちらは、死者の道から見た月のピラミッドです。
《テオティワカン ⑮》【世界遺産】

月のピラミッドに着く手前にケツァルパパロトルの宮殿(Palacio de Quetzalpapalotl)という柱の彫刻が美しい建物があったので立ち寄りました。
《テオティワカン ⑯》【世界遺産】

ほとんどが修復されたものですが、オリジナルの色合いが再現されていたりして、そこそこ見応えがありました。
《テオティワカン ⑰》【世界遺産】

そしてこちらが月のピラミッドの上部から見た死者の道と太陽のピラミッドです。
《テオティワカン ⑱》【世界遺産】

太陽のピラミッドは、夏至の日に太陽がちょうど正面(向かってほぼ左)に沈むように設計されていることから、当時の天文学に対する知識の深さが示されています。
《テオティワカン ⑲》【世界遺産】

月のピラミッドは、高さ42m、底辺が150m×130mと規模としては太陽のピラミッドに及ばないものの、前面に広がる広場の広さはこちらの方が遙かに大きいため、重要度は月のピラミッドの方が高く、大きな宗教儀式などはここを中心に行なわれたと推定されているそうです。
《グアダラハラ旧市街 ①》

次にご紹介するのは、メキシコ・シティの約550km北西に位置する国内第2の都市 Guadalajara です。

写真は1561年から60年もの歳月をかけて建てられたランドマーク、カテドラル(Catedral)です。
《グアダラハラ旧市街 ②》

グアダラハラはハリスコ州(Jalisco)の州都ですが、その州庁舎(Palacio de Gobierno)は、メキシコ独立の父とも呼ばれるイダルゴ神父が奴隷解放を宣言した場所でもあります。
《グアダラハラ旧市街 ③》

そんなこともあって、国内外から毎日多くの人たちが訪れる有名観光スポットとなっているのですが、この日は偶然にも国内最強のバイク乗りたちが一堂に会していました。

これだけのライダーほぼ全員がハーレーに跨がって来訪という破天荒ぶりでしたが、記念撮影時は結構おとなしく写真に収まってとても微笑ましく感じました。
《グアダラハラ旧市街 ④》

そんな彼らをも唸らせてしまうこの建物最大の見世物がメキシコ壁画界の巨匠(さっきからそんな人ばっかりですが)オロスコ(José Clemente Orozco)によって中央階段に描かれた「立ち上がる僧侶イダルゴ」です。

ど素人の私が見ても鬼気迫る見事な作品です。
《グアダラハラ旧市街 ⑤》

こちらは2階から眺めた中庭部分。

メキシコ・シティの国立宮殿ほどではありませんが、館内には他にもいくつかの壁画が描かれています。
《グアダラハラ旧市街 ⑥》

カテドラルや州庁舎があるアルマス広場(Plaza de Armas)の2ブロックほど東にあるのがデゴジャード劇場(Teatro Degollado)です。

1866年に建てられた荘厳な建物は、グアダラハラ中心部では数少ない見どころの一つです。
《オスピシオ・カバーニャス ①》【世界遺産】

そんな盛り上がりの少ないグアダラハラにあって、見逃すことができないのが、1997年にユネスコの世界遺産に登録された Hospicio Cabañas(カバーニャス救貧院)です。
《オスピシオ・カバーニャス ②》【世界遺産】

18世紀末から19世紀初頭にかけて相次いで天災に見舞われ、困窮者が溢れたこの地に、1810年にスペイン人司教カバーニャス伯爵によって建てられ、病院や学校、作業所などが併設され、1980年まで孤児や身寄りのない老人、身障者などが多数収容された施設です。
《オスピシオ・カバーニャス ③》【世界遺産】

そんな歴史ある救貧院ですが、その内部は壁から天井に至るまでご多分に漏れず壁画で埋め尽くされています。
《オスピシオ・カバーニャス ④》【世界遺産】

礼拝堂の天井にはオロスコの連作「スペインのメキシコ侵略」のひとつ「炎の人(Hombre en Llamas)」が描かれてています。

虐げられた者の怒りや悲しみを表現しているそうです。
《オスピシオ・カバーニャス ⑤》【世界遺産】

こちらはその侵略者だと思われます。
《オスピシオ・カバーニャス ⑥》【世界遺産】

ダースベイダーのような顔つきの輩もいます。

清々しいほどの悪人描写振りです。
《オスピシオ・カバーニャス ⑦》【世界遺産】

メキシコはどこへいっても壁画だらけでこのページも壁画集のようになっていますが、なかなか感銘を受けるものが多いのも事実なので仕方ありません。
《オスピシオ・カバーニャス ⑧》【世界遺産】

因みに、施設内の一連の建物は、病人、老人、子供たちが容易に行き来できるようにという配慮から、一部を除きすべて平屋で形成されています。

1980年、カバーニャス文化協会が入居してきたため、その本来の役割は終えましたが、現在では美術の展示会や、市民のための講座などが開かれ、市の文化の中心を担っています。
《リベルタ市場》

オスピシオ・カバーニャスの南西に近接してある Mercado Libertad は、生鮮食品、日用品、民芸品など様々な物が売られている巨大市場ですが、2階にある食堂街では安くて美味しいメキシコ料理が気軽に食べられることで地元の人に人気があります。

写真はメキシコ版サンドイッチとも言えるトルタ(Torta)です。

外側が少し硬めのパンに肉や野菜などを挟んで鉄板で焼いた物で、タコスと並ぶ大衆料理です。
《リュウゼツラン畑》【世界遺産】

グアダラハラの約50km北西に位置するテキーラ(Tequila)の町の周りにはアガベ(竜舌蘭の一種)の畑が広がり、メキシコを代表する蒸留酒テキーラの産地となっていて、「リュウゼツラン景観と古代テキーラ産業施設群」というタイトルでユネスコの世界遺産に登録されています。
《テキーラ工場 ①》【世界遺産】

そのため(別に世界遺産とはあまり関係なく)、毎日非常に多くの観光客(ほとんどがメキシコ人)が各地から訪れその製造過程を見学するグアダラハラからの日帰りツアーに参加していきます(その数は毎日大型バス数十台分に及びます)。
《テキーラ工場 ②》【世界遺産】

工場ではもちろん試飲もできます。
《テキーラ工場 ③》【世界遺産】

何杯でも飲ませてもらえるので、そのお陰でとてもご機嫌になったところで、オーケストラの生演奏が始まります。
《テキーラ工場 ④》【世界遺産】

陽気なメキシカンは30分以上も音楽に合わせて踊り続け、その結果、大量のテキーラを買って帰ることになります。
《テキーラ中心部》

ツアーにはテキーラの町の観光も含まれています。
《テキーラ工場 ⑤》【世界遺産】

と言っても、主な目的は中心部にあるテキーラ工場見学です。
《テキーラ工場 ⑥》【世界遺産】

製造工程の説明などを受けますが、ほとんどの参加者は上の空です。
《テキーラ工場 ⑦》【世界遺産】

始めの店でしこたま飲んだくれているにもかかわらず、結局ここでも試飲とお土産の購入に明け暮れるのでした。
《ボラドーレス ①》

テキーラの町の中心部では、毎日多くの観光客が(テキーラ(酒のみ)目当てに訪れるだけあって、観光客を惹き付ける様々なアトラクションが用意されています。
《ボラドーレス ②》

Danza de los Voladores もその一つです。

これはメキシコ湾岸部に伝わる儀式で、ポールの頂から4~5人がロープにぶら下がりぐるぐる回りながら地上まで降下するというものです。
《ボラドーレス ③》

もともとは、深刻な旱魃を終わらせてくれるように神に祈るための儀式だったそうですが、現在ではサーカスの余興のようにメキシコの多くの観光地で見かけます。
《ボラドーレス ④》

因みに、ベラクルス州など、伝統的に行なわれてきた地域の由緒あるものはユネスコの無形文化遺産に登録されているそうです。
《旅の出会い》

今回のテキーラツアーでは、同じ宿から参加していた何人かのうち、縁あって3人の人たちと仲良くなることができました。

左から、ニュージーランド人、フィリピン人、アメリカ(カリフォルニア)人です。

全員2週間以上の一人旅で、中央のフィリピン女性に至ってはほぼ半年かけて北米から南米を旅行中とのことでした。

現地ツアーに参加すると、このように本来全く出会うはずがなかったかもしれない人たちと知り合うことができるのも魅力です。

旅の写真集メキシコ(表紙)に戻る。

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