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旅の写真集  メキシコ合衆国(後編)HEADLINE

メキシコ観光の旅行記を兼ねた写真集の後編です。ここでは、ユカタン州の州都メリダからカリブ海沿岸のトゥルムに至るまでの数々のマヤ遺跡と美しい町並みをご紹介させていただきます。

《メリダ》

いきなり夜ですが、ここはユカタン州の州都 Mérida のソカロ(zócalo、中央公園)の入口に設置された標識です。
前編のカンペチェの欄でもご紹介したメキシコ名物ですが、夜は一段と見映えがします。
なお、メリダへは、頻発するバスで、前編の最後の町カンペチェから3時間弱、ユカタン半島の玄関口であるカンクン(Cancun)から5時間程度です。
《メリダ中心部 ①》

中心部の様子です。メリダ自体はただのちょっとした都会で、プロ野球メキシカンリーグのユカタン・ライオンズの本拠地であることを除けば特に見るべきものは多くありませんが、近郊には有名無名の観光スポットが点在しているため、通常は何泊かすることになると思います。
《メリダ中心部 ②》

この辺りが本当の中心部なのですが、歴史地区だけあって建物は相変わらず2階建て止まりで高層建築物はほとんど見かけません。
《メリダ中心部 ③》

それでもちょっと北の方に足を向けると、新しくできた建物の中には例外的に高いものもありました。
《メリダ中心部 ④》

相変わらず色遣いには気を遣っているようで、大都市っぽくないコロニアルな雰囲気に満ちています。
《メリダ中心部 ⑤》

おとぎの国のような建物も多く見られます。
《メリダ中心部 ⑥》

時々馬車も見かけます。
《メリダ中心部 ⑦》

1598年築造のカテドラル(Catedoral de San Ildefonso)はユカタン半島最大だそうです。
《メリダ中心部 ⑧》

一方、こちらはカテドラルから3ブロックほど南にあるサンファン公園(Parque de San Juan)前にあるサンファン教会(Iglesia de San Juan)です。
個人的にはこっちの方が好きっぽいです。
《メリダ中心部 ⑨》

中心部から5ブロックほど南に来ると、あっと言う間に人通りが著しく少なくなります。
ただ、メリダは意外と1ブロックが大きいので、ここまで来るのに徒歩だと15分ほどかかります。
ガイドブックの地図を見て油断することのないように注意しましょう。
《メリダ中心部 ⑩》

人通りが少なくなった分、日差しも壁の色も強くなった感じです。
《メリダ中心部 ⑪》

アラビアンだか中央アジアンだかわからないような国籍不明の美しい建物群も見つけました。
《ウシュマル遺跡 ①》【世界遺産】

Uxmal は、メリダの南約80kmにある、マヤ遺跡の中でもトップクラスの人気と実力を備えたサイトです。
入口を入るとすぐに目の前に飛び込んでくるのが丸みを帯びた高さ36.5mの美しいピラミッドです。
《ウシュマル遺跡 ②》【世界遺産】

裏側(というか本当はこちらが表側なんですが)に回ると、今は登ることができませんが、立派な118段の階段が上部の神殿入口まで続いています。
本当かどうかは眉唾ですが、魔法使いの老婆が温めた卵から生まれてきた小人が一夜で建てたということから「魔法使いのピラミッド」(Pirámide del Adivino)と呼ばれています。
《ウシュマル遺跡 ③》【世界遺産】

魔法使いのピラミッドの向かい(西側)に建つ、「尼僧院」(Cuadrángulo de las Monjas)は、広大な長方形の中庭の周りを回廊状に取り囲む建物に多くの小部屋があることからその名が付いていますが、実際は宮殿だったようです。
写真は南側の建物から中庭を挟んで北側を見た様子です。
《ウシュマル遺跡 ④》【世界遺産】

この尼僧院を取り囲む建物には非常に精緻な装飾が施されていることで有名です。
《ウシュマル遺跡 ⑤》【世界遺産】

これは厳密には装飾ではありませんが、マヤ・アーチと呼ばれる建築技法で、通常の丸いアーチと違いコーン状の形をしています。いくつかのマヤ遺跡で見られるものですが、ウシュマルのものが特に有名です。
《ウシュマル遺跡 ⑥》【世界遺産】

雨神チャック(Chac)のカギ鼻の面(写真では例えば左側の角に4つ)は、この地方の特徴的なデザインの一つで、この辺りはカルスト地形のため河川が無いことから雨神信仰が強かったことを窺わせるものです。
《ウシュマル遺跡 ⑦》【世界遺産】

執拗なまでのカギ鼻の面の他にも、建物の多くの部分が幾何学模様など趣向を凝らした彫刻を施した切り石で装飾されています。
《ウシュマル遺跡 ⑧》【世界遺産】

雨神チャックのカギ鼻の面が縦に4つ並んでいます。これらの建築様式はプウク式(Puuc Style、プウクはマヤ語で「丘陵地帯」を意味し、具体的にはユカタン半島中央部の丘陵地帯を指します)と呼ばれ、7~10世紀に繁栄したとされるここウシュマルがその代表例とされています。
《ウシュマル遺跡 ⑨》【世界遺産】

そんな訳で、ウシュマルは1996年に世界遺産に登録されました。
《ウシュマル遺跡 ⑩》【世界遺産】

北側の建物から東側を望みます。東側の建物は比較的単純な幾何学模様で覆われています。
その向こうに顔を覗かせているのが魔法使いのピラミッドです。
《ウシュマル遺跡 ⑪》【世界遺産】

こちらは、東側から西側を見た様子です。
結論的には、北側と西側の建物が最も美しく飾られています。
《ウシュマル遺跡 ⑫》【世界遺産】

尼僧院を出て南に向かうと、木立越しに美しく聳え立つ魔法使いのピラミッドが見えました。
《ウシュマル遺跡 ⑬》【世界遺産】

遺跡群の南の代表である「総督の宮殿」(Palacio del Gobernador)も、尼僧院同様、マヤ古典期の代表的建築物の一つと言われています。
《ウシュマル遺跡 ⑭》【世界遺産】

上部にプウク式の見事な装飾が見られますが、それでも尼僧院の方が遙かに素敵なのは否めません。
《ウシュマル遺跡 ⑮》【世界遺産】

正面には台座の上に「双頭のジャガー像」(Plataforma de los Jaguares)と呼ばれる石像が鎮座しています。
訪問時にはこのタイトルは知らず、どうみても猿か狛犬くらいにしか見えなかったのが残念でした。
《ウシュマル遺跡 ⑯》【世界遺産】

総督の宮殿の西隣に隣接するのが、高さ約30mの「大ピラミッド」(Gran Pirámide)です。
《ウシュマル遺跡 ⑰》【世界遺産】

幸か不幸か登ることもできます。
但し、この辺りの遺跡は皆そうですが階段の傾斜は非常に急で、皆さん這うようにして昇降していますので、自分だけは大丈夫などとは思わず十分用心しましょう。
《ウシュマル遺跡 ⑱》【世界遺産】

入口のあるテラスまで登ると、人目に付かないところまで抜かりなく装飾されています。
《ウシュマル遺跡 ⑲》【世界遺産】

なお、ここは遺跡内で登ることができる一番高い場所なので、見晴らしは最高です。
左に見えるのが尼僧院です。
《ウシュマル遺跡 ⑳》【世界遺産】

深くはないものの遙か遠くまで続く森の中にひっそりと佇む遺跡の様子は何となく神秘的です。

ウシュマルへは1日5便ほどあるメリダからカンペチェ行きのローカルバスに乗って1時間半弱でアクセスできます。ウシュマルでは幹線上ではあるものの遺跡のすぐ近くで停車します。メリダのターミナルは中心部のセカンドターミナルです。
《イサマルの町並み ①》

打って変わってこちらはメリダの東約70km、バスで約1時間半のところにある Izamal という町です。
《イサマルの町並み ②》

ガイドブックにはほとんど紹介されていませんが、この町は知る人ぞ知るマル秘観光タウンなのです。
《イサマルの町並み ③》

というのも、町の中心部の建物という建物がほとんど全て黄色で塗り固められていて、一種のおとぎの国のような雰囲気を醸し出していて、一部の外国人からは「黄色い町」(The Yellow City)と揶揄されるほどです。
  《イサマルの町並み ④》

路地裏も黄色です。
《イサマルの町並み ⑤》

メキシコの他の田舎町同様、人が少ないのが不自然な感じですが、日中はとても暑いので仕方ありません。
《イサマルの町並み ⑥》

教会も黄色です。
《イサマルの町並み ⑦》

レストランも売店も黄色です。
《イサマルの修道院 ①》

そんな中、更にメルヘンチックが止まらなくなっているのが町の中心にあるサンフランシスコ修道院(Convento de San Franciscano de Izamal)です。
《イサマルの修道院 ②》

テーマパークのエントランスのようです。
《イサマルの修道院 ③》

イサマルは古くからユカタン半島におけるマヤ文明の主要都市の一つでしたが、16世紀にスペイン人に侵略されて町は破壊されてしまい現在の町並みが整備され、1561年に建てられたのがこの修道院です。
《イサマルの修道院 ④》

それ以降、ユカタン半島におけるキリスト教の聖地となり、今やアメリカ大陸で最古のカトリック修道院として、巡礼者が後を絶ちません。
《イサマルの修道院 ⑤》

なお、町はもともと黄色かったわけではなく、 1993年8月に当時のローマ法王 ヨハネ・パウロ2世がこの修道院を訪れネイティブ・アメリカン向けのミサを行ったことをきっかけに、バチカンの国旗の色にあやかろうと、すべての家、お店、教会を黄色に塗ることに決めたそうです。
なお、この修道院の中庭は、現在でもバチカンに次いで世界で2番目の広さだそうです。
《イサマルの修道院 ⑥》

中庭に立つ法王様です。
この人のお陰でこんなにきれいな町が出来上がったということもあって、今でも人々の熱い尊敬の眼差しを浴び続けています。
《イサマルの修道院 ⑦》

年に数回行なわれるフェスティバルの際には、町全体がお祭りムードに包まれ、盛大に盛り上がるそうです。
《イサマルの修道院 ⑧》

それとは別に、ちょっとしたイベントは年中行なわれているようで、この日も暑い中、準備に余念がありませんでした。
《イサマルの観光馬車 ①》

修道院の前では、こちらも黄色で統一された観光用の馬車が客待ちをしています。
《イサマルの観光馬車 ②》

阪神タイガースのマーケティング戦略からヒントを得たのか、女子向けにピンクバージョンもあります。
なお、コカ・コーラはやっぱり赤でした。この際なので黒でもいいと思うのですが。
《イサマルのピラミッド》

黄色い町の他に丘の町(Ciudad de los Cerros)との異名もあるイサマルには、その名のとおりいくつかの丘があり、大小いくつかのピラミッドが残っています。写真は、その中でも町の北にある最も高い丘の上にあり、マヤの太陽神に捧げられたというキニチ・カクモ(Kinich Kakmó)という名のピラミッド神殿です。
今や黄色い町に圧されて地味な感じですが、これでも高さは36mもあって、ユカタン半島では最大級だそうです。
《丘の上から見たイサマル中心部》

高いところに登れば辺り一面黄色い菜の花畑のように見えるかと思って期待しましたが、緑豊かな田舎の村といった風情で、残念ながら修道院以外はあまりよく見えませんでした。
《イサマル》

イサマルへはメリダ中心部から1kmほど東にある Noreste Terminal から1~2時間おきに出ているイサマル行きのバスでアクセスできます。
ユカタン半島観光の目玉であるチチェン・イツァ(Chichén Itzá)とメリダのほぼ中間に位置していますが、残念ながらチチェン・イツァとの間には直通の公共交通機関はありません。ご了承下さい。
《ADO》

唐突ですが、メキシコ国内は、バス路線が非常に充実しています。特に主要都市間を結ぶ1等長距離バスはADO(エー・ディー・オーと読みます)の独壇場です。ほぼ独占にもかかわらず、サービスレベルは高い(特に定時発着率は物凄い)ので、安心・快適・満足がほぼ約束されています。なお、寄り道が多く時間のかかる2等クラスのバス会社も多数あり料金は随分違いますが、CPを考慮すると3時間以上の移動ではADOをお薦めします。
《バヤドリッド ①》

ということで、イサマルの観光を終えると一度メリダに戻り、ADOに乗って2時間15分(定刻上等)でメリダから約160km東にある Valladolid に着きました。
と言っても普通の人は、バヤドリッドなんて急に何のことだろうと思ってしまうはずの町です。
《バヤドリッド ②》

実はここバヤドリッドはこの地域の交通の要衝で、マヤ遺跡ファンの聖地チチェン・イツァへバスで45分、カリブ海沿岸のマヤ遺跡トゥルム(Tulum)へも2時間半弱といずれも日帰り圏内な上、3時間半ほどでユカタン半島の玄関口カンクン(Cancun)にもアクセスできます。
一方で、結構大きな町にもかかわらずあまり有名でないため、非常に過ごしやすく、居心地の良い町なのです。
因みに写真は、他の町同様中心部に建つカテドラルです。
《バヤドリッド ③》

メキシコではほとんど例外なくカテドラルの前はソカロ(中央公園)になっていて、ここでもご覧のようにお洒落な回廊を備えた建物がソカロを取り囲んでいます。
《バヤドリッド ④》

ライトアップされたカテドラルは昼間よりチャーミングに見えます。
《バヤドリッド ⑤》

コンビニも売店や露店も豊富な上、質の高いレストランやリーズナブルな宿泊施設など食住環境も充実していて、欧米人には非常に人気の高い町です。

私はこの町がすっかり気に入ってしまい、結局5泊ました。もう滅茶苦茶お薦めです。
《チチェン・イツァ ①》【世界遺産】

1988年に世界遺産に登録されたチチェン・イツァは、ユカタン半島だけでなく、メキシコ全土で見ても最も人気のあるマヤ遺跡の一つです。
先述のとおり、バヤドリッドから頻発するミニバスで45分程度、カンクンからだとADO(1日1本)で約3時間、2等バス(毎時1本)で約4.5時間、メリダカラからだとADO(1日3本)で約2時間、2等(毎時1本以上)で2.5時間でアクセスできます。
《チチェン・イツァ ②》【世界遺産】


入場して最初に見えるのは上の写真のピラミッドですが、ものの順序として(特に決まりはありませんが)左側に見える「ジャガーの神殿」(Templo de los Jaguares)に向かいます。
ただし、ジャガーの神殿自体は形はそこそこ美しいのですが、内側に当時の戦争の様子が描かれた壁がある程度です。
《チチェン・イツァ ③》【世界遺産】

一方、ジャガーの神殿の裏にある「大球技場」(Gran Juego de Pelota)は、一見だだっ広いだけで写真映えがしない地味な施設に見えますが、この遺跡の重要な見どころの一つです。
マヤ遺跡に球戯場は付き物でこれ自体特に珍しいものではありませんが、両側の壁を挟んで長さは150mあり、規模としては中米最大のものだそうです。
《チチェン・イツァ ④》【世界遺産】

但し、重要なのはその規模そのものではなく、ここで行われたゲームの目的です。
他の都市と同様、競技自体は日本での蹴鞠のようなもので、手以外の部分を使って写真にある石造りの輪にボールを通してゴールを獲得するというものですが、試合後には勝ったチーム(負けたチームという説もあります)のキャプテンの首が刎ねられ、近くの祭壇で神に捧げられたのだそうです。
チチェン・イツァでは、このような生け贄文化を伝える遺構が多いのが特徴です。
《チチェン・イツァ ⑤》【世界遺産】

壁の基壇部分には、この球技に関する儀式等の様子が彫られた石板が残っています。
この写真では、中央右の人がその左側の人の首を後ろから刎ね、切られた人の首からは7条の蛇となった血潮がほとばしっているのが見えます。
《チチェン・イツァ ⑥》【世界遺産】

こちらはちょっと見にくいですが、中央やや右の人がとてもうれしそうな顔で切られた首を持っています。
《チチェン・イツァ ⑦》【世界遺産】

このような生け贄文化は9世紀頃までのマヤ古典期には見られないものだそうで、10世紀遺構にメキシコ中部の中央高原地域を支配した好戦的民族トルテカ人の影響を受けたものだと推測されています。
《チチェン・イツァ ⑧》【世界遺産】

遺跡内は結構広く、所々に売店(特にお土産系)が立ち並んでいます。しかし、暑いからかあまりしつこい勧誘はなく、皆さんのんびりしています。
《チチェン・イツァ ⑨》【世界遺産】

売店群を抜けて北側に300mほど歩くと小さな池「聖なる泉(セノーテ)」(Cenote Sagrado)に突き当たります。セノーテとは、この地方特有の、石灰岩質の地面にできた池のことですが、ここはこれでもユカタン半島最大の規模だそうです。
《チチェン・イツァ ⑩》【世界遺産】

先ほどもご紹介しましたが、チチェン・イツァは生け贄文化が特徴で、この池も、日照りが続いた際には若い処女の女性が人身御供として生きたまま投げ入れられたとのことで、20世紀初頭の発掘では多くの人骨や貴金属製品が発見されたそうです。
《チチェン・イツァ ⑪》【世界遺産】

再び来た道を戻ります。正面にピラミッドが見えてきました。
《チチェン・イツァ ⑫》【世界遺産】

「エル・カスティーヨ」(El Castillo、スペイン語で「城」の意味)又はマヤ神話の最高神(創造神)の名をとって「ククルカン神殿」(Templo de Kukulkán)と呼ばれる、9世紀初頭に完成したピラミッドは、9層の基壇から成るチチェン・イツァを象徴する建物です。
《チチェン・イツァ ⑬》【世界遺産】

年に2回、春分の日と秋分の日には、東西南北に4つある階段のうち北に位置する階段(写真左面)の側面に、真西から照らされる太陽の光が映す9層の基壇の影によってククルカン(羽の生えた蛇神)の姿が浮かびあがるという仕掛けになっているそうです。
《チチェン・イツァ ⑭》【世界遺産】

上の写真を無理やり拡大してみました。
訪問は1か月早い2月24日だったのが残念でしたが、左下の蛇が口を開けた頭から右上に向かって見事っぽい影が見えているように見えなくもないような気がします。
春分の日と秋分の日には、このにょろにょろ感が増して、更にククルカンらしくなり、ククルカンの降臨と呼ばれることになります。
《チチェン・イツァ ⑮》【世界遺産】

同じような写真が続きますが、これは西側(左)と南側(右)の階段です。通常、マヤのピラミッドには正面に1つ階段があるだけですが、ここでは4つの面全てに階段を設けた贅沢な造りになっています。これは、カレンダーの意味もあるそうで、四方に91段ずつある階段と頂上の神殿への共通の1段を足すと(91×4+1で)365になるという寸法です。
なお、このピラミッドには以前は登ることができましたが、観光客が余りに多すぎて遺跡に対するダメージが大きすぎるということで残念ながら現在は登頂不可となっています。
《チチェン・イツァ ⑯》【世界遺産】

チチェン・イツァの遺跡内は結構広く、これまで出てきた10世紀以降の遺跡群である「新チチェンと」呼ばれる区域と別に、南側には5~7世紀頃のマヤ古典期に属する「旧チチェン」があります。
写真は、その代表的建造物であるマヤ時代の天文台「カラコル」(El Caracol)です。カタツムリを意味するカラコルの名は、この建物の内部の螺旋階段がその由来となっているそうです。
《チチェン・イツァ ⑰》【世界遺産】

マヤ古典期と言えば、ウシュマル遺跡で学習したプウク式建築が流行した時期ですので、旧チチェンには、規模は小さいもののプウク様式を取り入れた建物も見られます。懐かしい「雨神チャックのカギ鼻の面」も「尼僧院」(Edificio de las Monjas)の横にある「教会」(Iglesia)上部に見ることができます(左の写真)。
《チチェン・イツァ ⑱》【世界遺産】

旧チチェンにも規模は小さいですがピラミッドがあります。7層の基壇から成り「高僧の墳墓」(Tumba del Gran Sacerdote)と呼ばれています。
《チチェン・イツァ ⑲》【世界遺産】

再び新チチェンに戻り、写真は「戦士の神殿」(Templo de los Guerreros)周辺に広がる「千柱の間」(Grupo de las Mil Columnas)です。
石柱に戦士の姿が彫られた柱からこの名がありますが、実際には千本もなく300本ほどだそうです。
《チチェン・イツァ ⑳》【世界遺産】

戦士の神殿を横から眺めた様子です。先ほどの石柱群(回廊部)は円柱でしたが、神殿を囲む部分の柱は四角柱となっています。
この石柱の上には板や葉で葺かれた屋根が乗っていたそうです。
《チチェン・イツァ ㉑》【世界遺産】

戦士の神殿正面です。ここは、チチェン・イツァの中でもエル・カスティーヨと並ぶ重要な施設で、正面の階段のを登ったところにある「チャク・モール像(Chac Mool、上半身を起こして顔を90度横へ向け、両手で腹部の上に皿をかかえてひざを折り曲げている人物像) の持つ皿の上には、生きた人間から取り出したばかりの心臓が生け贄として捧げられたそうです。
《チチェン・イツァ ㉒》【世界遺産】

以前は、このチャック・モール像や頂上からの絶景(周囲を取り囲む千柱の間越しのエル・カスティーヨなど)を鑑賞することができたのですが、誠に残念ながら、エル・カスティーヨ同様、現在は立ち入ることができなくなっています。
《ボラドーレス》

翌日は、ADOに乗ってカリブ海沿岸にあるマヤ遺跡、トゥルム(Tulum)に向かいました。
写真は、その入り口で見たボラドーレス(Danza de los Voladores)です。
これは元来ユカタン半島西部に隣接するベラクルス州辺りの宗教行事で、高さ30m以上ある柱の上から腰に綱を巻いた4人がメリーゴーラウンドのようにぐるぐる回りながら降りて来るという趣向なのですが、生憎準備中だったのかそれとも怖くなってしまったのか、一向に降りて来ないので諦めて遺跡に入場しました。
《トゥルム遺跡 ①》

カンクンの南約130kmに位置し、カンクン、バヤドリッドから共にADOで2時間半弱でアクセスできるトゥルム遺跡は、13~15世紀にかけて繁栄した、マヤ時代末期の遺跡の一つで、東のカリブ海以外の三方を城壁に囲まれた、沿岸部で最も保存状態の良いマヤ遺跡の一つです。周辺には美しいビーチが続いているため、多くの観光客に人気のスポットになっています。
《トゥルム遺跡 ②》

「大宮殿」(El Palacio)は、名前ほど大きく豪華な感じの建築物ではありませんが、周囲の景観に溶け込んだ素朴で自然な雰囲気に好感が持てます。
《トゥルム遺跡 ③》

「エル・カスティーヨ」(El Castillo)は、トゥルム遺跡では最大規模の建物で、海に面して崖の上に建てられています(写真は陸側から撮ったものです)。スペイン人が最初にこれを発見したときに城(スペイン語でカスティーヨ)のようだと感動したことからこの名が付いたそうです。
《トゥルム遺跡 ④》

「フレスコ画の神殿」(Templo de las Pinturas)は、天体観測所として15世紀前半に建てられた2階建ての小さな建物でますが、内部に残るフレスコ画はトゥルム最大の見どころとも言われています。但し、中に入ることはできないのでフレスコ画を見ることもできません。
《トゥルム遺跡 ⑤》

エル・カスティーヨとフレスコ画の神殿のカップルショットです。
個別に見るより圧倒的に美しく見えます。
《トゥルム遺跡 ⑥》

遺跡内には海(崖)沿いの遊歩道も設置されていて、カリブ海と遺跡のコラボを楽しむことができるのがこのサイトの最大の魅力でもあります。
中央の小高い丘の上に建つのは「風の神殿」(Templo del Dios del Viento)です。
《トゥルム遺跡 ⑦》

崖の高さは12mほどあり海からの侵入者を防ぐ自然の要塞の役割を果たしていましたが、今ではそれが逆に観光客を惹きつける一つの大きな要因になっていて、風の神殿の南側にある展望台はいつも多くの人たちで賑わっています。因みに、トゥルムとは、マヤ語で「フェンス」「壁」などを意味するそうです。
《トゥルム遺跡 ⑧》

展望台からはすぐ下の小さいながらもとても美しいビーチに降りる階段が設置されていて、準備万端で水着持参の観光客は遺跡を見ながら海水浴と洒落込んでいます。
なお、このビーチは南北にある他のビーチからは隔絶された地形になっているため、遺跡への入場料を払った人たちだけが利用できる一種のプライベートビーチとも言えます。
《トゥルム遺跡 ⑨》

トゥルムは、このように遺跡と美しいカリブ海が同時に楽しめる上、立地(アクセス)もいいので、世界遺産でもなく規模もそれほど大きくないものの、メキシコ国内では、ティオティワカン(Teotihuacán)、チチェン・イツァに次いで3番目に訪問客が多いマヤ遺跡となっています。
《トゥルム遺跡付近のビーチ ①》

トゥルム遺跡を出て南側に進むと、いくつもの白砂のビーチが不連続に延々と続いています。
《トゥルム遺跡付近のビーチ ②》

ビーチ沿いには中級ホテルから高級リゾートまで数えきれないほどの宿泊施設がありますので、遺跡にすぐに飽きてしまった場合でもすぐに気分転換ができるので安心です。
なお、比較的安めなゲストハウスなどは、遺跡から3kmほど西にあるダウンタウン(ADOのターミナルもここにあります)付近に多数あります。ダウンタウンから遺跡までは頻発するミニバス(所要10分弱、片道約100円)でアクセスできるので便利です。
《ある日の朝食》

バヤドリッドの Oasis というローカルレストランで食べたメキシカン・オムレツです。
見た目は普通ですが、とてもボリュームがあり(卵4~5個分)、値段も安い(トルティーヤほぼ食べ放題で約350円)上、非常に美味しくて通いつめました。
奥にある500mlほどあるフレッシュジュース(約200円、20種ほどバラエティあり)も滅茶苦茶美味でした。
《ある日の昼食》

こちらはメリダの屋台レストランで食べたパヌーチョス(Panuchos)です。
メキシコの食べ物といえば朝から晩までタコスだと揶揄する人がいて実際それは事実なのですが、タコスにも色々種類があって、これは小型のトルティーヤに豆のペーストを挟んで揚げ、上に鶏肉やオニオン、トマト、アボガドを乗せたものでユカタン半島の人気料理(スナック)です。これもあまりに気に入ってしまい、昼から晩まで毎日食べていました。
どちらにしろ、メキシコのタコスは日本の本格メキシカンやアメリカのタコベル(これは論外ですが)のものとは全く別物です。是非、現地で食べてみてください。

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