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旅の写真集  キルギス共和国HEADLINE

キルギス観光の旅行記を兼ねた写真集です。

《国境のある風景》

カザフスタンとキルギスの国境です。こちら側がキルギスです。陸路での入国になるので、カザフスタンからの直通の乗合タクシーなどできた場合、徒歩で出入国手続きを済ませ、後から来る車を待ちます。
なお、国境での写真撮影は国によっては問題になることがありますので周りの雰囲気を確認しつつ、迅速に遂行しましょう。ライター式の隠しカメラなどを利用するのも一興かもしれません。ただし、拘束された場合などの責任は当方では一切負いかねます。
《ビシュケクの街角》

キルギスの首都 Bishkek は、碁盤の目のように整備されていて起伏もないので、散策するには便利です。ただし、米国や旧ソ連の国々に見られるように、1つの区画が非常に広いので、地図で近くに見えても結構時間がかかったりするものです。気を付けましょう。
《ビシュケク中心部 ①》

市内の中心部を東西に走るチュイ通り(Chuy Avenue)には、トロリーバスも走っています。
因みに、あまり重要ではありませんが右側に見えるクリーム色の建物はシティー・ホールです。
《ビシュケク中心部 ②》

そのシティー・ホールの向かいにある広場には、キルギスの有名な叙事詩の英雄であるマナス王の像が立っています。
なお、マナスは、世界3大叙事詩と言われる「イリアス」「オデュッセイア」「マハーバーラタ」を凌いで世界で最も長い叙事詩としてギネスにも認定されているそうです。
《ビシュケク中心部 ③》

これもマナス像のある広場です。奥に見えるのは、通常の観光客にはあまり重要ではありませんが、コンサートホールです。
他の中央アジア諸国の都市と同様、ビシュケクも非常に安全で、平和な雰囲気に満ちあふれています。
《ブラナの塔 ①》

ビシュケクの東約80kmに位置するトクマク(Tokmok) 村の近郊に建つ高さ24mのブラナの塔は、もともと11世紀に建てられたそうですが、その後15世紀、16世紀に起きた地震により崩壊し、現在のものは1974年に再建されたものだそうです。これでもキルギスを代表する遺跡の一つであり、更に東の保養地イシク・クル湖(Lake Issyk-Köl)への途中にあるので是非立ち寄ってみて下さい。
《石人の像 ①》

ブラナの塔の周辺には石人と呼ばれる石の像が並んでいます。これらは6世紀から10世紀くらいの間に作製されたものだそうで、なかなか興味深い表情をしている人もいますので、興味のある方はこちらもお楽しみ下さい。
《石人の像 ②》

まあ、お地蔵さんのようなものでしょうか。
《石人の像 ③》

この辺りはベラサグン(Belasagun)と呼ばれ、10世紀から13世紀に繁栄したカラハン朝や西遼の中心都市として繁栄したものの、モンゴル軍の侵攻により荒廃したそうです。中央アジアを旅行していると、如何にモンゴルの力が強かったかを思い知らされます。
《ブラナの塔 ②》

ブラナの塔はこの写真では少し傾いているように見えますが、実際傾いています。頂上に登ることもできますが落ちないように注意しましょう。
《イシク・クル湖 ①》

ブラナの塔から更に東に進むと、東西180km、南北60km(いずれも最長部)、周囲約700kmと、琵琶湖の約9倍の大きさを誇るイシク・クル湖があり、沿岸には所々に美しいビーチが点在しています。
《イシク・クル湖 ②》

北岸のちょうど真ん中辺りにある湖畔最大の町チョルポン・アタ(Cholpon-Ata)は、その中でも最大の規模で、国内や隣国カザフスタンから多くの観光客が訪れるリゾート地です。
《イシク・クル湖 ③》

そのため、湖畔には魚売りの少年の姿も見られます。
《イシク・クル湖 ④》

きれい(そう)なお姉さんたちも、美味しそうなポーズを取って記念写真に興じていました。
《イシク・クル湖 ⑤》

誰も並んでいませんが、ウオーター・スライダーのような遊具もあって皆楽しそうです。
《イシク・クル湖 ⑥》

対岸には、宗教施設のような軍事施設のような施設が見えますが、これは Rukh Ordo という博物館兼テーマパークだそうです。そう言われてみれば、なんかロマンチックですよね。
《イシク・クル湖 ⑦》

町の北の丘の上からイシク・クル湖を見ても、対岸は全く見えず、まるで海のようです。
それでも、運が良ければ100kmほど先に連なる4,000~5,000m級の山々を望むことができる上、この湖自体、海抜1,600m付近にあるため、星空もきれいだそうです。
《チョルポン・アタの岩絵 ①》

とはいうものの、この丘に登ってきたのは、そんな景色を楽しむためではなく、2,000年以上前に描かれたという岩絵を見るためです。
本当か嘘か知りませんが、Lonely Planetによると、多くの欧米人観光客は、チョルポン・アタに来たら、ビーチには目もくれず、まずはここの岩絵を鑑賞しに来るそうです。
《チョルポン・アタの岩絵 ②》

左の岩に山羊が2匹いるのがわかります(か?)。
《チョルポン・アタの岩絵 ③》

何と、ここにもはっきり山羊が描かれています。
《チョルポン・アタの岩絵 ④》

ここにも山羊です。それも左向きです。
2,000年の歳月を超えて生き続ける山羊をこれだけ沢山見ていると、夕食のメニューのイメージも膨らんできます。
《カラコルの教会》

岩絵に夢中になっていたら、その先のスケジュールが狂ってしまいました。Karakol はイシク・クル湖の東南端にある町なのですが、ここの三位一体教会(Holy Trinity Church)に着いたときには教会の門は閉まっていて中に入ることができませんでした。仕方なく、門の外から無理矢理写真を撮りました。教会はいつでも誰にでも門を開いていると思っていましたが、よく考えたら日本でも夜は閉まっていますね。
《カラコルのモスク》

この Dungan Mosque は、中国系のムスリムであるドンガン族のモスクです。1910年に建てられたものだそうで、特別見栄えがいいわけでもありませんが、ボリシェヴィキ時代に市内の他の8つ全てのモスクが破壊され中、難を逃れたただ一つのモスクだそうです。
《ジェティ・オグスの奇岩 ①》

教会もモスクも見たので、カラコルの町ともお別れして、400km離れたビシュケクに戻ります。この時点で6時半でしたが、せっかくなので、途中、Jeti-Ogzu と呼ばれるいくつかの奇岩で有名な渓谷に立ち寄りました。
写真はその奇岩の一つ(厳密には二つ)ブロークン・ハートです。話せば長い伝説があって、女性の心臓が二つに裂けたことからこの岩山ができたそうです。
《ジェティ・オグスの奇岩 ②》

ブロークン・ハートのすぐ近くにあるのが「7頭の牛」(キルギス語で「ジュティ・オグス」)と呼ばれる岩山です。この地域の名前はこの岩山の名前に由来しているわけです。ただ、何度数えても8頭にしか見えないのが残念です。
《スレイマン・トー ①》【世界遺産】

キルギス南西部のウズベキスタン国境に近いキルギス第2の都市オシュ(Osh)の町にある霊峰 Suleiman Too です。
写真では1つの山にしか見えませんが、実際は(さほど高くも大きくもない)5つの山が連なっています。
《スレイマン・トー ②》【世界遺産】

なお、この写真に見える建物は博物館(有料、KGS50(約80円))になっていますが、中に入っても見るべきものはほとんどないので、トイレに用がある人以外は他の入口から入った方がお得です。なお、どちらから入場しても山に登るためには別途KGS20(約30円)かかります。
《スレイマン・トー ③》【世界遺産】

スレイマン・トーは、2009年にキルギス初の世界遺産に登録されました。麓には、キルギスの絵はがきで比較的人気の霊廟が建てられています。この辺りの標高(オシュの市街地とほぼ同じ)が約1,000mです。
《スレイマン・トー ④》【世界遺産】

先ほどの霊廟から階段を約20分登っていくと小さな展望台のある広場に到着します。お土産屋や飲物屋などもあるので便利です。なお、ここで標高約1,100mだそうです。
《スレイマン・トー ⑤》【世界遺産】

奥には Dom Babura と呼ばれる礼拝所が設置されています。もともと1497年に建てられたそうですが、地震や”謎の爆発”(p291, Lonely Planet Central Asia, 2014)で破壊され、現在のものは1989年に再建されたものだそうです。
《オシュの町並み ①》

スレイマン・トーの展望台から眺めたオシュの町です。
《オシュの町並み ②》

この写真のちょうど中央付近の橋の左側付近が中央アジアでも有数の規模を誇るバザールが広がっているはずなのですが、ここからではそのような気配は微塵も感じられません。
《スレイマン・トー ⑥》【世界遺産】

帰りは、来た道と反対の西側の通路を通って降りました。こちら側の通路の脇には、いくつか洞窟があって紀元前3000年頃に描かれた岩絵が残っていたそうなのですが、現在では落書きだらけになっているので見る価値は余りありません。その代わり、麓には聖なる山をくり抜いた洞窟博物館(Cave Museum)がありますので、興味のある方はこちらでご堪能下さい。
《オシュのバザール ①》

そんな訳で、太古の岩絵にあまり興味のない私たちは博物館は素通りして、中央アジア最大級と謳われるバザールを訪問することにしました。
《オシュのバザール ②》

ただ、最大といっても、広いのは確かですが、売っているものは他のバザールと変り映えしません。
《オシュのバザール ③》

それでもスパイス類は充実しています。
《オシュのバザール ④》

中央アジアの人たちは、でかくて固いパンが大好きです。
この人たちは売れなくてまったりしているようにも見えますが、買う人は10個とか20個とかまとめて買って行くので、それほど切羽詰まった様子はありません。
《オシュのバザール ⑤》

先ほど、他のバザールと売っているものは変り映えしないなどと書いてしまいましたが、実はこの町(というかこの国)ならではのものがありました。
《オシュのバザール ⑥》

カルパック又はアク・カルパック(ak kalpak、akは「白い」という意味ですが「純粋」「誠実」などの意味も込められているそうです))と呼ばれるフェルト製の帽子です。夏は暑さから頭を守り、冬は防寒用として、1年中重宝するものとして古くから利用されてきました。ただ、最近の若者の間では「だせーよ」とか言われて、人気は低下気味とのことです。
《オシュの食堂 ①》

腹が空いたので、昼食を採ることにしました。バザールの周辺というのは、現地人の買い出し客が集まるところなので、安くて美味しい店が多いと相場は決まっているのですが、ここのバザールは何度も言いますが「中央アジアで有数」ということを自負していますので観光客相手のお洒落な店もあったりして、探すのに随分苦労しました。
《オシュの食堂 ②》

そんな中、30分以上歩き回って見つけたのがこの店です。店の名前もなく、店内には地元のおばちゃんしかいない(しかし結構賑わっている)という状況を見て自信を持って入ったところ、案の定素晴らしい店でした。
《オシュの食堂 ③》

こちらは中央アジア全域で人気のマントゥ(Mantu)です、モンゴル、ネパール、インド北部のモモ、中国の(水)餃子や包子、台湾の小籠包(というか大籠包)と同様の食べ物です。以前ウズベキスタンで食べた時には、店が悪かったのか今イチでしたが、今回は一部を除きどこの店も美味しかったです(そのなかでもこの店が一番)。因みに、この店ではこれで一皿約140円でした。
《オシュの食堂 ④》

一方、こちらも人気のラグマン(Laghman)です。敢えて日本流に言うとトマトソースの肉野菜うどんのようなものです。ただ、麺はどこの店も非常にもっちりとしていて、太めのスパゲティのアルデンテといった感じで、非常に美味しいです。量も1人前でもたっぷりすぎるくらいあって、身近な例だと、ジャポネの大盛り(ジャンボ)より量があります。これで約150円です。
《オシュの公園 ①》

腹ごなしに公園を散歩しました。
《オシュの公園 ②》

火曜日でしたが、多くの家族連れで賑わっていました。
《オシュの公園 ③》

中央アジア情緒溢れるお嬢さんたちも沢山歩くのどかな昼下がりです。
《オシュの公園 ④》

みつばちマーヤだかみなしごハッチだか知りませんが、歌麿の浮世絵のように手が不自然に短い蜂のメリーゴーラウンドも現役で活躍中でした。
《オシュの公園 ⑤》

KAPAOKE は 中国語訛りの河童桶 という意味ではなくキリル文字ではカラオケと読みます。英語で言うところの KARAOKE、日本語に訳してもカラオケです。
ここでは、20世紀の日本で力道山の活躍を皆で楽しんだように、街頭(というか静かな公園の片隅)に機械が設置されているので、誰でもお金さえ払えば人目をはばからずにジャイアンのような歌声を恥ずかしげもなく大音響で披露することができます。
《オシュの公園 ⑥》

それにしても、どこかのカラオケボックスでもう少し練習してから来た方がいいのではないかとも思うほどの腕前でしたが、順番待ちの子供たちのことも気にせず、単独ライブ状態です。金さえ払えば何でも思い通りになるというのは資本主義の悪いところです。
《オシュの公園 ⑦》

それでも社会主義に対しての不満は未だ燻っているのか、公園の至る所にロシア人の風貌をした人形が設置されていて思う存分殴られるのを待っていました(有料)。国を憎んで人を憎まずとは言いますが現実には難しいものです。
お金を払ってまで殴りたいというのは余程の思い入れがあるのでしょうが、暴力はいけませんね。何とかお金とかで解決できないものでしょうか、
《オシュの公園 ⑧》

殴り疲れたら、各種お茶を飲んで気分転換しましょう。200mlで15円程度でした。
《高原の道》

ビシュケクからオシュに向かう際には飛行機で約30分(約3,500円)でしたが、Lonely Planetによると往復どちらかは陸路がお薦めとのことだったので、復路は乗合タクシーを利用しました。約12時間(約1,800円)かかりましたが、確かに美しい道のりでした。ただ、乗合なのでビューポイントでも停まってもらえず(頼めば停まってくれるのですが、すごいスピードで走っているため、停まった時には後の祭り状態)、こんなことならチャーターすれば良かったと今でも後悔しきりです。
《ゲルのある風景》

そんな中、辛うじて停まった場所での風景です。
この辺りの標高は約2,000mありますが、多くの遊牧民がゲルなどに住んで生活しています。
《峠越えの道》

さらに行くと、標高約2,700mの峠越えがありました。ここは景色が良かった上に、急な上り坂のために渋滞していたので、簡単に停まってもらうことができました。

このような状況ですので、オシュからビシュケクに陸路で移動する際には、他の旅行者を募るなどして車を1台チャーターすることをお薦めします。時間はかかりますが、非常に美しい景色を満喫できます。
《アラ・アルチャ国立公園 ①》

Ala-Archa Canyon は、ビシュケクの郊外30km以南に広がる国立公園で、ビシュケクからの日帰りトレッキングで人気のスポットです。
この日は、宿の車で公園の入口の駐車場(標高約2,100m)まで連れて行ってもらい、そこから3.75km先の滝までの往復トレッキングを楽しみました。
駐車場には11時過ぎに到着しましたが、宿の車は夕方6時に迎えに来ると言い残して帰って行きました。往復7.5kmとはいえ、7時間もあったら時間を持て余しちゃうんじゃないかと少し心配になりました。
《アラ・アルチャ国立公園 ②》

せっかく来たのだから仕方なく歩き始めることにしました。少し登ると早速美しい渓谷が見晴らせました。正面に見えるのはアラ・アルチャ川(上流)です。ここは左側から流れてくるアク・サイ(Ak-Sai)川との合流地点となっています。トレッキングルートは、左側方向、アク・サイ川に沿って進みます。
《アラ・アルチャ国立公園 ③》

これがアク・サイ川です。
《アラ・アルチャ国立公園 ④》

出発してから約1時間するとようやく正面(写真中央やや左)に滝が見えてきました。この地点で標高約2,400m、駐車場から約300m登ってきたことになります。
思ったよりしょぼい滝で少しがっかりです。これならやる気なさそうにだらだら歩いてもあと1時間もあれば着きそうです。
《アラ・アルチャ国立公園 ⑤》

1時間ほどのんびりとした道を歩いて200mほど登りましたが、一向に滝にたどり着きません。それでも野に咲く花はきれいです。
《アラ・アルチャ国立公園 ⑥》

ようやく滝がよく見える場所まで来ましたが、すれ違った人に聞くと、滝まではここからとてもきつい坂を30分以上登らないといけないとのこと。意外と大変なんですね。
《アラ・アルチャ国立公園 ⑦》

いざ着いてみると随分立派な滝でした。アク・サイ滝(Ak-Sai Waterfall)という名前まであって、高さは30mほどだそうです。因みに滝壺付近の標高は約2,700m。駐車場から約3時間で600m登ったことになります。
スーパーで買ったサンドイッチの昼食を食べてここで1時間ほど休憩しました。
身体にプラスなイオン水をたっぷり浴びて気持ち良かったとです。
《アラ・アルチャ国立公園 ⑧》

滝から、来た道を見た様子です。実際に歩いた人以外には何の感慨も沸かない独りよがりな画像ですが、仕方ありません。
《アラ・アルチャ国立公園 ⑨》

余談ですが、あてがわれた7時間は私たちにはちょうど良かったです。でも、こんなんじゃ物足りない人には、このまま3時間くらい歩いたところに Ratsek という氷河が見えるポイントがあるし、その先には標高4,860mのコローナ岳(Korona Peak)なども控えているので、老若男女、皆さん楽しめると思います。
《夕食 ①》

まずは前菜のサラダです。中央アジアの夕食は、酒飲みとしてはシャシュリク(Shashlyk、串焼き)三昧で嬉しい悲鳴満載なのですが、唯一の難点は、注文してから炭火でじっくり焼きあげるため出来上がるまで優に30分以上かかることです。そのため肉が出てくる頃にはビールでお腹が一杯という状況が毎晩続きます。
《夕食 ②》

サラダの写真は比較的きれいに撮れていましたが、肉が出てきた頃には陽も暮れて(アルコールがしっかり回っているにもかかわらず)手振れを起こしてしまっています。
それでも、シャシュリクはどこの店でもあまり大きなハズレはありません。
追加注文するとまた30分以上かかるので最初の時点でつい多めに頼んでしまいがちですが、値段(約100~200円)の割に一串がやたら大きいので注意しましょう。



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