本文へスキップ

海外旅行の参考サイト LovelyPlanet

旅の写真集  インド共和国(その6)HEADLINE

インド観光の旅行記を兼ねた写真集(その6)です。ここでは、南インドの中央高原地帯から西海岸に至るカルナータカ州の内陸部の古都マイソール、世界遺産のハンピ、パッタダカルなどの建造物群、更にはポルトガル植民地時代の首都として栄えたゴアなどをご紹介します。

《チャームンディーの丘 ①》

Chamundi Hill は、インド南部の内陸部、デカン高原最南端の町マイソール(Mysore)の南にある見晴らしのいい丘で、地元の人や観光客でいつも賑わっています。
《チャームンディーの丘 ②》

頂上に聳え立つチャームンデースワリー寺院(Sri Chamundeswari Temple)の美しいゴープラム(Gopuram、南インドのヒンドゥー教寺院に見られる塔門)が見事です。
《チャームンディーの丘 ③》

寺院の周囲では至る所でお供え物の類が売られています。
インド人は人数が多い上に信心深いので悪くない商売です。
《チャームンディーの丘 ④》

美味しそうなココナツと綺麗な花の盛り合わせが素敵です。
こういう色使いは如何にもインド的です。
《チャームンディーの丘 ⑤》

近くには「Coconut Broken Place」と書かれた立て札があります。
俄には理解しづらい英語です。
《チャームンディーの丘 ⑥》

少しして先ほどのココナツを買った客がやって来て係りの若者にココナツを渡すと、この若者はありったけの力で地面に叩きつけてしまいました。

割れ方で吉凶を占うのだそうです。

食べ物を粗末にするのは良くないと思いますが、インドでは捨てる神あれば拾う神ありなので問題ありません。
《チャームンディーの丘から見たマイソールの町》

ほとんど手前にある競馬場しか見えませんが、その奥に見えるのがマイソールの町です。

こう見えても人口80万人を超える大都市です。
《ナンディー像 ①》

チャームンディーの丘の中腹にはナンディー像が鎮座しています。

こう見えても身長は7m以上あり、地元では渋谷のハチ公くらいには有名な像です。
《ナンディー像 ②》

右下に立つ女性の背丈を見ると、その意外な大きさがご理解頂けるでしょうか。
《マハラジャ宮殿 ①》

ただ、マイソールで最も有名なものと言えばやっぱり Maharaja's Palace(又は Mysore Palace)です。
《マハラジャ宮殿 ②》

マイソールは別名「宮殿の町」(City of Palaces)とも呼ばれ7つの宮殿がありますが、通常マイソール宮殿と言うとここを指します。
《マハラジャ宮殿 ③》

14世紀に初めてここに建てられて以降、再建が繰り返され、現在の建物は1897年から約16年かけて1912年に完成したものだそうです。
《マハラジャ宮殿 ④》

1947年まで実際に王族が住んでいたそうで、内装も美しくコレクションも見事ですが、内部へのカメラの持込は禁止されています。

敷地の入口で預けることになるのですが、多くの旅行者は帰りがけに返却してもらった後、こっそり舞い戻って外観を撮影します。
《マハラジャ宮殿 ⑤》

宮殿は東向きに建っているので、フォトジェニックな外観を楽しむためには午前中の訪問がお薦めです。
《マイソールの大聖堂》

市内に見どころはあまり多くはありませんが、こちらは1933年から8年の歳月をかけて1941年に完成したセント・フィロームナズ・カテドラル(St Philomena's Cathedral)というネオ・ゴシック様式の教会です。
キリスト教徒が2%弱というここカルナタカ(Karnataka)州では結構異彩を放っていますが、それでも母数が多いのでそれなりに利用者は多いようです。

Wikipedia によると53mある2本の尖塔はアジアで二番目に高いとのことですが真偽のほどは定かではありません(一番がどこなのかも不明です)。
《マイソールの中学校》

きれいな身なりをした子供たちが元気に鬼ごっこ的な体育の授業を受けていました。

皆、非常に明るく天真爛漫でインドの明るい未来が目に浮かびます。
《ランガナータスワーミ寺院 ①》

マイソールの北東約50kmにあるシュリーランガパトナ(Srirangapatna)という町にある Sri Ranganathaswamy Temple は西暦984年に創建され、町の名前の由来ともなったヴィシュヌ神を祀る寺院で、聳え立つ白いゴープラムが見事です。
《ランガナータスワーミ寺院 ②》

本堂は芸の細かい沢山の彫刻で彩られています
《ランガナータスワーミ寺院 ③》

境内には女性陣が座り込んでこれらの芸術に見入っていました。

手にパンフレットを持っていることから察するに、地元の人ではないようです。

積年の夢が叶って力が抜けてしまったのでしょうか。
《ランガナータスワーミ寺院 ④》

ご本尊様ではありませんがキュートな目とマハラジャの髭と赤い唇が印象的な精悍な姿に感銘を受けました。

ランガナータスワーミ寺院というと東海岸のタミルナード州のティルチラパッリ(Tiruchirappalli)のものが有名で、検索してもそちらの情報ばかりでこの人の正体が判らなかったのが残念です。
《ダリヤ・ダウラート庭園 ①》

マイソールの北東約50kmにあるシュリーランガパトナ(Srirangapatna)という町にある、1784年に当時のマイソール王国のスルタン、ティプ(Tipu)によって建てられた離宮、ダリヤ・ダウラート庭園(Darya Daulat Bagh)を訪れたところ、ネットで覆われた姿しか見れずに落胆しましたが、ネットで確認してもこの姿がほとんどなのでこれで正しいようです。
《ダリヤ・ダウラート庭園 ②》

公園内をのんびり散策していたら、いつもどおりいつの間にか子供たちに取り囲まれて身動きが取れなくなり、フォトセッションになってしまいました。

インド人(特に子供)は異常に人懐こいので、観光の際にはいつも十分時間に余裕を持って行動する必要があります。
《グンバス ①》

次に訪れたのはダリヤ・ダウラート庭園の2kmほど東にある Gumbaz です。
庭や建物も綺麗ですが、訪れるインド人女性の服装はそれに輪をかけて美しいものです。

道を歩いているだけで「バクシーシ(おカネちょうだい)」と言われることは一日に何度もありますが、無断で写真を撮っていて「カネ払え」と言われることは滅多にない(どころか大抵は微笑がえしです)ので心が温まります。
《グンバス ②》

1784年完成のこの建物は、ティプ・スルタンが彼の父母のための霊廟として建設しましたが、彼自身も1799年の死後ここに眠っています。
《グンバス ③》

高さ約20mの白亜の建物はペルシャ様式の美しい外観で、地元の人も多く訪れる気軽な観光スポットとなっています。
《ジャマー・マスジッド》

シュリーランガパトナのイスラム・モスク Jamma Masjidです。1787年建立だそうです。

デリーなどの北インドにありがちなムガル帝国時代のヒンドゥー・イスラム様式のジャマー・マスジッドと違い、中近東などでよく見られる本来の姿をしています。
《ココナツ売り》

自転車の両側に目一杯商品を積んでいます。

50個以上はありそうです。

1個10ルピー(20円弱)としても全部売れば1,000円ほどの売上げになります。原価がかかっているのかわかりませんが、インドで暮らすには十分な収入です。
《マイソール近郊の道》

この日はマイソールから約150km離れたはバンガロール(Bangalore)から日帰りの訪問だったので、マハラジャ宮殿の夜のライトアップは諦め家路につきました。

前を走る乗合タクシーから人が落ちてきて事故に巻き込まれたりしたら帰りが遅くなるので嫌だなあと思っていましたが事無きを得ました。
まあ相手はプロですからね。
《ある日の朝食》

翌日はバンガロールから6時間かけて、北に約350km離れたハンピ(Hampi)に車で向かいました。

写真は途中の地元レストランで食べた典型的な南インドの朝食セットです。

少し上品な店だったので一人前30ルピー、ミルクティーが一杯10ルピーで合計70円程度でした。
《ヴィルーパークシャ寺院の塔門 ①》【世界遺産】

ハンピというのは世界遺産の遺跡サイトなのですが、詳しいご説明は後ほどさせていただくとして、写真は遺跡地区のメインストリート、ハンピ・バザール(Hampi Bazaar)の西の突き当たりに聳える村で最大の寺院 Virupaksha Temple の塔門です。
《ハンピ・バザールの風景 ①》

一大観光地のバザールにしてはちょっとスケールが小さいですが、彩りは異常に豊かです。

買うかどうかは別にして、写真映えがするのは間違いありません。
《ハンピ・バザールの風景 ②》

この店は商品はありふれた感じですが、注目すべきはテーブルの脚です。
向かって左の前脚は、積み重ねられた石の上に絶妙なバランスで乗せられています。
もっと他に適当なものがあると思いますが、毎日この涙ぐましいセッティングをしているのかと思うと何か買ってあげたくなります。
実際は買いませんけどね。
《ハンピ・バザールの風景 ③》

それにしてもインドらしくないのんびりし過ぎた感じの店が多いです。
《ハンピ・バザールの風景 ④》

既に午後3時を過ぎているので、本格的な観光は翌日以降に回して、とりあえずハンピの全体像を見るために写真右奥に見える小高い丘を目指します。
《ハンピ・バザールの風景 ⑤》

観光地の目抜き通りにもかかわらず、沿道からは気負いのない暮らしぶりが垣間見られます。
《ハンピ・バザールの風景 ⑥》

ヤギダク(山羊沢山)のお宅です。
《ハンピ・バザールの風景 ⑦》

こちらは遺跡兼住居兼店舗兼養鶏場兼物干場兼子供の遊び場です。
《ナンディー像の祠》【世界遺産】

ハンピ・バザールの東の突き当たりまで来ると一枚岩のナンディー像の祠があります(像自体は摩耗が激しくあまり見事なものではありません)。
ここを右に曲がって急な坂道を登るといよいよマータンガの丘(Matanga Hill)です。
《マータンガの丘からの眺め ①》【世界遺産】

中腹から見たハンピ中心部です。右下から左上に向かって伸びているのがハンピ・バザールです。
《マータンガの丘からの眺め ②》【世界遺産】

更に足場の悪いごろごろした岩場を登るともっと良い景色が楽しめます。
ただし、ある欧米人のおばさんは登ったのはいいけど降りられなくなってしまい相方の男性に「私もう駄目」と言っていたくらいなのである程度の覚悟が必要です。
因みに、彼女は私たちが到着時には自称もう駄目でしたが、30分ほど経って帰るときには同じ場所にしゃがみ込んでいて動かず、傍目にもすっかり駄目になっていました。
《マータンガの丘からの眺め ③》【世界遺産】

逆光になってしまっているのが残念ですが、ヴィルーパークシャ寺院の塔門がインディー・ジョーンズ的な神秘性を演出して気分が盛り上がります。

個人的はハンピなどという場所はこの少し前まで聞いたこともなかったのですが、このちょうど1年前に初めてインドを訪れた際に国内線の機内誌でここから見る景色を見てその幻想的な雰囲気に一目惚れしてしまい慌てて訪れたのですが私の目に間違いはありませんでした。
《マータンガの丘からの眺め ④》【世界遺産】

バザールの北側にはハンピの母なる川であるトゥンガバドラー(Tungabhadra)川が流れています。
《マータンガの丘からの眺め ⑤》【世界遺産】

更に右に目を転じると、荒涼とした大地を東に向かって流れるトゥンガバドラー川と、川沿いに点在する北の遺跡群が見えます。
《マータンガの丘からの眺め ⑥》【世界遺産】

よく見ると(写真では見づらいですが)ハンピが栄えた500年ほど前に架けられた石橋の橋脚だけがずらりと残っているのが見えます。
《マータンガの丘からの眺め ⑦》【世界遺産】

こちらはバザールの南側に展開する王宮地区(Royal Centre)方面です。
《マータンガの丘からの眺め ⑧》【世界遺産】

丘の頂上の拓けた場所にはそこそこ立派な彫刻が施された塔の一部も残っています。
《マータンガの丘からの眺め ⑨》【世界遺産】

頂上から一段下がったところにもちょっとした祠その他の遺構が残っています。

ハンピは、そこら中が遺跡だらけなのです。
《自然の造形美》

マータンガの丘を降りるとトゥンガバドラー川のほとりに向かいました。

途中、至る所に不思議な形をした巨岩が無造作に転がっています。
この写真に見られるような人為的な形の岩も全て天然です。
《川辺の風景 ①》

川辺には、もともとこの地方の漁師が使っていて今は渡し舟や観光用に転用されている一寸法師の舟を模倣したお椀型の舟が浮かんでいます。

親切そうな船頭さんにこの先にある寺院まで連れて行ってあげようと誘われましたが、帰りが遅くなるのでお断りしました。
《ハンピ・バザール ①》【世界遺産】

という訳で翌日になりました。

前日は光の具合が今イチで納得しきれない部分があったので、再び苦労してマータンガの丘(左手手前方向)に登ります。
《マータンガの丘からの眺め ⑩》【世界遺産】

前日は丘自身の陰になってしまっていた東側の麓にあるアチュタラーヤ寺院(Achyutaraya Temple)もきれいに見えました。

このあと訪問します。

因みに、前日降りられなくなっていたおばさんはもういませんでした。
《マータンガの丘からの眺め ⑪》【世界遺産】

前日は逆光だったヴィルーパークシャ寺院の塔門は一段と輝いて見えました。
《アチュタラーヤ寺院 ①》【世界遺産】

先ほどマータンガの丘から見えたアチュタラーヤ寺院方向に降ります。
《アチュタラーヤ寺院 ②》【世界遺産】

上から見るほどには絵になりませんが、それでも随分立派な部類に入る遺跡です。
《アチュタラーヤ寺院 ③》【世界遺産】

ハンピは14世紀から16世紀にかけてトゥンガバドラー川沿いに栄えたヴィジャヤナガル王国(Vijayanagara Empire)の首都だった町で、1534年に建てられたこの寺院はその時代を代表する建造物のうちでも最も規模の大きなものの一つです。
《アチュタラーヤ寺院 ④》【世界遺産】

上の写真は内門、左は外門です。どこまでがオリジナルかわかりませんが、全面に美しい彫刻が残っています。

ご紹介がとても遅くなりましたが、ハンピの遺跡群は1986年に「ハンピの建造物群」というタイトルで世界遺産に登録されました。
《スーレ・バザール》【世界遺産】

アチュタラーヤ寺院を抜けて北へ向かう道が当時の商業地区の目抜き通りだった Sule Bazaar です。

両側にはハンピ・バザールと同様、当時の商店街の名残の柱廊の跡が残っています。
《貯水槽》【世界遺産】

途中には、当時の貯水槽の跡があります。

これはパッシュカーラニ(Pushkarani)と言って、主に宗教的行事などに利用されたものだそうで、ハンピには大小様々のものが残っています。

なお、(1枚前の写真同様)奥に見えるのはマータンガの丘です。
《川辺の風景 ②》

アチュタラーヤ寺院から500mほど北に歩くと河原に出ます。
《川辺の風景 ③》

水辺ではカップルが物思いに耽ったり、近所の奥さんが炊事に使う水を汲みに来たりしています。
《川辺の風景 ④》

昨日私たちが乗ることができなかったお椀舟に、欧米人の観光客がいそいそと乗り込んでいました。
《川辺の風景 ⑤》

ロンリープラネットで紹介されているアトラクションの一つなので、これに乗ってこの先にあるハンピのハイライトの一つであるヴィッタラ寺院に向かうのでしょう。一石二鳥ですね。

私たちも再び誘われましたが、他にすることがあるし、後で車で訪問する予定なのでお断りしました。
《川辺の風景 ⑥》

なお、ヴィッタラ寺院には河原の道を15分ほど歩いてもアクセスすることができます。
《ハンピ・バザール ②》【世界遺産】

再びハンピ・バザールに戻って来ました。
《ハンピ・バザールの風景 ⑧》【

この日はバナナの出荷日だったようで、大量のバナナがトラックに積み込まれていました。

因みに日本ではインド産のバナナというのはほとんど目にしませんが、実はインドは世界シェアで25%を超える圧倒的なトップ生産国なのです(シェア2位の中国は10%)。ただ、ほとんどが国内で消費されるため輸出にまで手が回らないのです。
《ハンピ・バザールの風景 ⑨》

街角では欧米人のカップルがインド人相手にアクセサリーの実演販売を行なっていました。

価格競争力の点で相当不利だと思うのですが売れるんでしょうか。
《ヴィルーパークシャ寺院の塔門 ②》【世界遺産】

前日はここまで来たもののあと数歩のところで引き返してしまいましたが、この日は中に入ります。

因みに塔の高さは52mあるそうです。
《ヴィルーパークシャ寺院 ①》【世界遺産】

塔をくぐるとまた塔があります。

おまけにその塔の向こうにも塔が見えます。
《ヴィルーパークシャ寺院 ②》【世界遺産】

2つ目の塔をくぐったらこんな感じでした。
《ヴィルーパークシャ寺院の参拝者》

少しクローズアップしてみました。

よく見るととてもお行儀良く並んでいる子供たちがいます。
インドの子供たちは基本的に非常に可愛らしい場合が多いようです。

多分、小顔で鼻筋が通っていて目が大きいからですね。
《ヴィルーパークシャ寺院 ③》【世界遺産】

振り返って見た様子です。

塔門が2つあるのが見えます。
《ヴィルーパークシャ寺院 ④》【世界遺産】

いい仕事っぷりです。

インド人は頭が良いだけでなく手先も器用なのがわかります。
《ヴィルーパークシャ寺院 ⑤》【世界遺産】

これが3つ目の塔です。

滅茶苦茶大きく見えますが、東門(最初の門)に比べたら比較にならないレベルです。
(マータンガの丘からの写真をご覧頂ければご理解頂けると思います。)
《ヴィルーパークシャ寺院⑥》【世界遺産】

ヴィルーパークシャ寺院はハンピで最も古い寺院で、創建年代には諸説ありますがヴィジャヤナガル王国が栄える遙か前の7世紀頃には既にあったとされます。その後、同王国の隆盛期だった14世紀中頃に寺院の規模は拡大され、現在残る大規模建造物はその頃に建てられたものだそうです。
《ヘマクタの丘》【世界遺産】

ヴィルーパークシャ寺院のすぐ南にある Hemakuta Hill は、サンセット・ポイントとしても有名な小高い丘です。

巨石がごろごろしているのも楽しいですが、この辺りは聖域(Sacred Area)とも呼ばれ、比較的古い時代の宗教施設がいくつかあります。
《クリシュナ寺院 ①》【世界遺産】

ヘマクタの丘の南にある比較的大きな Krishna Temple はヴィシュヌ神の一派であるクリシュナを祀る寺院で、1513年に建てられました。
《クリシュナ寺院 ②》【世界遺産】

当時のクリシュナデーヴァラーヤ(Krishnadevaraya)王が芸術好きだったことから、敷地内の建物には非常に精緻な彫刻が施されています。
《クリシュナ寺院 ③》【世界遺産】

例えばこの塔門。
《クリシュナ寺院 ④》【世界遺産】

この寺院は当時の王様の戦勝を記念して建てられたそうで、これはその時の勇姿と配下の生首の群れです。
《クリシュナ寺院 ⑤》【世界遺産】

こちらは当時の王族のボンキュッボンな様子を表したものです。

他にもとても精緻な神様の彫像などが多数壁面を飾っていますが、切りがないのでこの程度に留めておきます。
《ナラシンハ寺院》【世界遺産】

クリシュナ寺院の少し南に建つのが Ugra Narasimha Temple です。

この寺院は規模は大きくはありませんが、ハンピで最も高い6.7mあるヒンドゥー教の獅子神ナラシンハの像が人気です。
《バダヴィリンガ寺院のシヴァ・リンガ》

一方、ナラシンハ寺院の北に隣接して建つ Badavilinga Temple には巨大リンガ(シヴァ神のシンボルである男根像)が有名です。
下部には水が引いてあり、底部からの高さは約3mあって南インドで2番目の大きさだそうです。
《ザナーナー・エンクロージャー》【世界遺産】

次に訪れたのは、ハンピ・バザールの南西1~3kmほどのエリアに広がる王宮地区です。

その中でも、王妃とその側近の人々の居住地区だった Zanana Enclosure と呼ばれる一角にも見どころが点在しています。
《ロータス・マハル》【世界遺産】

Lotus Mahal は、ヒンドゥーとイスラムの建築様式が融合した美しい2階建ての楼閣です。
15世紀頃に建てられたと推測されていますが、王宮地区の他のほとんどの建造物同様、完成時期や用途についての記録が残っておらず正確なことはわかっていないそうです。
《望楼》

すぐ脇にはお洒落な形をした八角形の望楼が建ちロータス・マハルに花を添えている感じです。
《エレファント・ステイプル ①》【世界遺産】

ザナーナー・エンクロージャーの東に建つ Elephant Stables は、文字通り象舎です。
《エレファント・ステイプル ②》【世界遺産】

石とレンガで造られた凝ったデザインの建物は全長85mあり、中央の望楼を挟んで左右(南北)に5室ずつある部屋の上には交互に異なったデザインのドームで覆われています。
《兵舎》【世界遺産】

エレファント・ステイプルが面する広場の北側には兵舎も建っていますが、象の住処に比べるとあまり飾り気がなく大分見劣りがします。
《ハザーラ・ラーマ寺院 ①》【世界遺産】

一方、ザナーナー・エンクロージャーの300mほど南、宮廷地区のちょうど中央辺りに位置する Hazara Rama Temple は、15世紀初頭に建てられた王宮地区で最も美しいと言われる寺院です。
《ハザーラ・ラーマ寺院 ②》【世界遺産】

拝堂内部の黒花崗岩の柱には数々のヒンドゥー教の数々の神々が彫られています。

これはヴィシュヌ神の化身の一人クリシュナです。
《ハザーラ・ラーマ寺院 ③》【世界遺産】

シヴァ神の子供ガネーシャもいます。
《ハザーラ・ラーマ寺院 ④》【世界遺産】

こちらが本殿です。
《ハザーラ・ラーマ寺院 ⑤》【世界遺産】

壁面は全面細かい彫刻で覆われています。
《ハザーラ・ラーマ寺院 ⑥》【世界遺産】

古代インドの長編叙事詩ラーマーヤナ(Ramayana)の名画面も数多く描かれています。
《ハザーラ・ラーマ寺院 ⑦》【世界遺産】

外塀にも兵士や楽団、踊り子などの行列が5段に渡って延々と描かれています。
《マハーナヴァミー基壇 ①》【世界遺産】

ハザーラ・ラーマ寺院のすぐ南にあるのがロイヤル・エンクロージャー(Royal Enclosure、王の居住区)で、その北東の隅に建つのが、高さ10m、壇上が22m四方の基壇 Mahanavami Dibba です。
《マハーナヴァミー基壇 ②》【世界遺産】

壇上は劇場となっていて、かつて演劇を始めとする様々な催しが行なわれ、王は一段高いところに据えられた玉座からそれらを楽しんでいたとのことです。
《マハーナヴァミー基壇から見たロイヤル・エンクロージャー ①》【世界遺産】

ロイヤル・エンクロージャー内には現在でも石造りの水道橋や階段状になった貯水池などが残っています。

なお、スーレ・バザールのところでハンピにはこのような貯水槽(パッシュカーラニ)がいくつか存在するとご紹介しましたが、私たちは見逃してしまいましたがここの貯水槽は階段状で圧倒的に素晴らしい様相なので、ここまで来たら是非訪れてみて下さい。
《マハーナヴァミー基壇から見たロイヤル・エンクロージャー ②》【世界遺産】

ただ、それ以外の遺跡の保存状態は残念ながら壊滅的です。
《マハーナヴァミー基壇から見たマータンガの丘》【世界遺産】

北の方角を見るとザナーナー・エンクロージャー越しにマータンガの丘も見えます(一番左の丘)。
《マハーナヴァミー基壇から見た地元観光客》

この時は高校生くらいの女性の団体が観光に訪れて来ていました。

毎度のことながらとてもカラフルな衣装が素敵です。
《王妃の浴場》【世界遺産】

ロイヤル・エンクロージャーのすぐ南にあるのが文字通りの Queen's Bath です。

一辺約15mの正方形のプールを回廊で囲んだ形になっていて、優美なバルコニーなども設置されています。

王はここに来てその日の女性を選んでいたそうです。
《公園の風景 ①》

王妃の浴場の外の芝生の上では地元の小中学生が輪になって踊ったりお弁当を食べたりしていました。
《公園の風景 ②》

とても平穏な風景です。
《ヴィッタラ寺院の参道 ①》【世界遺産】

王宮地区の見学を終えると、北に5kmほど離れたハンピ観光のハイライトとも言える Vittala Temple に向かいました。

ヴィッタラ寺院はザナーナー・エンクロージャーと距離が離れているにもかかわらず共通チケットになっているので同日に訪れるのが望ましいのです。
《ヴィッタラ寺院の参道 ②》【世界遺産】

前述のようにヴィッタラ寺院へはトゥンガバトラー川沿いの道経由で訪れることもできますが、多くの旅行者は車やトゥクトゥクで東のメインゲートからアクセスします。
その場合入口から1kmほどある参道を進むことになります。電動カートも走っているのですが結構並んでいたりするので、そんな場合には地元の女子学生に取り囲まれて記念撮影をせがまれたりしながら歩くのも楽しいものです。
《ヴィッタラ寺院の参道 ③》【世界遺産】

途中には水を湛えたパッシュカーラニもあります。
《ヴィッタラ寺院の参道 ④》【世界遺産】

ただし、道中日差しを遮るものは何も無いので、たとえ真冬でも晴れた日は滅茶苦茶暑いので気を付けましょう。
《ヴィッタラ寺院 ①》【世界遺産】

ヴィッタラ寺院は15世紀中頃に創建され、16世紀初頭のヴィジャヤナガル王国最盛期に、ヴィルーパークシャ寺院の塔門やクリシュナ寺院と同様、クリシュナデーヴァラーヤ王により現存する多くの建造物が建てられた寺院で、建物の構造や彫刻の緻密さにおいてハンピの数ある寺院の中でも半端無い完成度とされていて、ヴィジャヤナガル様式の最高傑作と言われているそうです。
《ヴィッタラ寺院 ②》【世界遺産】

東の塔門(写真奥)を入ると早速、ヴィッタラ寺院の目玉であるガルダ堂(Garuda Shrine 又は Garuda Mandapa)と呼ばれる四輪戦車の石造(手前)が目に留まります。
《ヴィッタラ寺院 ③》【世界遺産】

ガルダ堂はヴィシュヌ神の乗り物である神鳥ガルダを祀った山車型のもので2頭の象が引いています。
《ヴィッタラ寺院 ④》【世界遺産】

上部の彫刻も非常に細かくて見事ですが、かつてはこの車輪も回転可能だったそうで、そのこだわりの高さには恐れ入ります。
《ヴィッタラ寺院 ⑤》【世界遺産】

綺麗な衣装の女性の背丈と比べると意外に大きいことがわかります。
《ヴィッタラ寺院 ⑥》【世界遺産】

境内には本殿の他に4つのお堂があり、中でも南東に建つ Nacha Mandara(左の写真)の56本の細い列柱は叩くとそれぞれ異なった音色を響かせるためミュージック・ピラー(Musical Pillars)と呼ばれて呼ばれています。

ただし、現在では建物に損傷を与える恐れがあるため叩いてはいけないそうなので注意が必要です。
《ヴィッタラ寺院 ⑦》【世界遺産】

北東のお堂にもミュージック・ピラーがあります。
叩くのを我慢して、見るだけでも十分満足できるデザインです。
《ヴィッタラ寺院 ⑧》【世界遺産】

こちらは本堂の柱です。本堂にもミュージック・ピラーはありますが、それ以外の彫刻も見事です。
《ヴィッタラ寺院 ⑨》【世界遺産】

右側の柱に描かれているのは、ヤーリ(Yali)という角の生えたライオンの形をした空想上の動物だそうです。
《ハンピのサンセット ①》

以前、ハンピのサンセット・ポイントとしてはハンピ・バザールの南のヘマクタの丘が有名とをご紹介しましたが、最近では王宮地区の東にあるマルヤヴァンタ・ラグナタ寺院(Malyavanta Raghunatha Temple)の脇の丘の上が人気スポットのようで、多くの外国人観光客が訪れていました。
《ハンピのサンセット ②》

以上でハンピの観光も終わりです。

ハンピはインドの中でも辺鄙な場所なのでこれだけの素晴らしい遺跡群と雰囲気の割に観光客はまだまだ少ないようです。

荒涼とした大地に点在する幻の都と言われる遺跡は期待以上でした。
《アイホーレのドゥルガー寺院 ①》

ハンピの約130km北西に位置する小さな村 Aihole には、4~6世紀に建てられた100以上の寺院が点在しています。

その中でも最も有名なのが馬蹄型をした Durga Temple です。

7世紀末の作品だそうです。
《アイホーレのドゥルガー寺院 ②》

前方後円型なのでこちらが正面になります。

因みに寺院の名称であるドゥルガーとはシヴァ神の妻であるパールヴァティーの化身で、美しい戦いの女神です。
《アイホーレのドゥルガー寺院 ③》

入口の天井にはとぐろを巻いたナーガ(蛇神、Naga)が彫られています。

なお、この彫刻の写真は日本の有名ガイドブックの「南インド」2017年版の内表紙を飾っています。どうしてこんなマイナーなデザインを選んだのか毎度のことながら腑に落ちませんが、そこには画像の説明がなかったのでご参考までにご紹介しました。
《アイホーレのラヴァナ・パディ寺院 ①》

ドゥルガー寺院の300mほど東にある Ravanaphadi Temple は、規模も小さくあまり有名ではありませんがそこそこ立派な石窟寺院です。
《アイホーレのラヴァナ・パディ寺院 ②》

シヴァ・リンガが祀られています。
周囲を彩る彫刻も見応えがあります。

他にもいつも通り美しい彫刻が彫り巡らされていますが、後ほどもっと有名なバーダーミの石窟寺院群で似て否なるものをご紹介させていただきますのでここでは割愛します。
《パッタダカルの寺院群 ①》【世界遺産】

アイホーレの南西約13kmにある、これまた本当に小さな村 Pattadakal にある6~8世紀に建てられた寺院群は「パッタダカルの建造物群」として1987年にユネスコの世界遺産に登録されました。

世界遺産に登録された寺院は9件ですが、そのうち7件が200m四方ほどの広さの遺跡公園内に密集して建っているので見学には便利です。
《パッタダカルの寺院群 ②》【世界遺産】

また、この遺跡群は北インド式と南インド式の寺院が混在するという点でも非常にユニークです。両者には「シカラ」と呼ばれる本殿の屋根の形に違いがあり、北方型が砲弾型、南方型がピラミッド型となっています。

例えば左の写真では中央のマリカールジュナ(Mallikarjuna)寺院が南方型、右のカーシー・ヴィシュワナータ(Kashi Vishwanatha)寺院が北方型です。
《パッタダカルのヴィルパークシャ寺院 ①》【世界遺産】

Virupaksha Temple はパッタダカルの寺院群最大のもので、西暦740年代に建てられたものだそうです。
《パッタダカルのヴィルパークシャ寺院 ②》【世界遺産】

前期チャールキヤ朝(初めて聞きましたが)時代の南方型寺院の最高傑作とされ、この約100年後に完成したエローラ(Ellora)の石窟寺院のメイン・キャラクターである第16窟カイラーサナータ寺院(Kailasanath Temple)のモデルとなったと言われています。
《パッタダカルのヴィルパークシャ寺院 ③》【世界遺産】

外壁にはとても美しい彫刻が残っています。

内部の彫刻は更に精緻で素晴らしいものなのですが、訪問当時はその価値がわからず、おまけに時間がなかったため写真が残っていません。
若気の至り、後悔先に立たずです。
《パッタダカルのガラガナータ寺院》【世界遺産】

敷地内には5件の北方型寺院がありますが、Galaganatha Temple はその中で最も規模が大きく保存状態が良いもので、美しい砲弾型のシカラが印象的です。
《バーダーミの石窟寺院群 ①》

パッタダガルの西約20kmに位置する Badami Cave Temples は4つの石窟から成り、7~8世紀に造られた第4窟を除いて6世紀後半に掘られた南インド最古の石窟寺院群です。
《バーダーミの石窟寺院群 ②》

第1窟はシヴァ神に捧げられたヒンドゥー教寺院です。
バーダミーの石窟寺院群の中では最初に掘られたものだそうです。
《バーダーミの石窟寺院群 ③》

入口左には18本の腕を持つ踊るシヴァ神(ナタラージャ、Nataraja)が彫られています。
《バーダーミの石窟寺院群 ④》

広間に入って右側には、右半身がシヴァで左半身が彼の妻パールヴァーティーの両性具有のシヴァ(アルダナーリーシュバラ、Ardhanarishvara)の像です。
《バーダーミの石窟寺院群 ⑤》

反対に左側の壁には、右半身がシヴァで左半身がヴィシュヌ神というハリハラ(Harihara)の像が彫られています。

重要なのは、これらの像は別に彫られたものが置かれているのではなく壁に直接彫られていることです。
《バーダーミの石窟寺院群 ⑥》

広間の中央にはシヴァの乗り物であるナンディ像が奥に祀られたシヴァ・リンガを向いて座っています。
《バーダーミの石窟寺院群 ⑦》

第2窟、第3窟と急な階段を登って行きます。
《バーダーミの石窟寺院群 ⑧》

第2窟はヴィシュヌ神を祀るものです。

基壇には第1窟と同様、大勢の小人がポーズを取っています。
《バーダーミの石窟寺院群 ⑨》

右側の壁には、巨人トリヴィクラマ(Trivikrama)に化身して世界を3歩で跨いだという神話が描かれています。
《バーダーミの石窟寺院群 ⑩》

第2窟前から見たバーダーミの町です。

ため池のほとりに広がる落ち着いた佇まいですが、6~8世紀には当時南インドのデカン高原一帯の広い範囲を支配したチャールキヤ朝の首都が置かれた歴史があります。
《バーダーミの石窟寺院群 ⑪》

第3窟は4つの石窟の中で最も大きなもので、第2窟同様ヴィシュヌ神を祀っています。
《バーダーミの石窟寺院群 ⑫》

ナラシンハに化身したヴィシュヌです。
《バーダーミの石窟寺院群 ⑬》

第4窟は唯一ジャイナ教の寺院で4つの中で最も小さく内部にはいくつかの祖師の像が彫られています。

多くの旅行者(特にインド人)は寺院自体よりも、最も高いこの場所からの景色を楽しむために登って来ているようでした。
《ある日の昼食》

地元の食堂で頼んだターリー(定食)一人前です。
一品一品はそれほど大きくありませんが、数種類のカレー、アチャール(漬け物)、ダール(豆のスープ)、ダヒー(ヨーグルト)、フルーツポンチにチャパティー(薄地のナン)、ライスが付いて70ルピー(約120円)でした。
この時は種類が比較的多かったのでちょっと高めでしたが、通常は30~60ルピーくらいが相場です。
《オールド・ゴアの教会》【世界遺産】

Goa は、南インド西海岸のちょうど中ほどに位置する小さな州で、1510年にポルトガルに占領されて以来アジア進出の拠点として栄え、現在でも植民地時代の面影を色濃く残し、独特の雰囲気を持つ地域です。

写真は、植民地時代に首都が置かれていたオールド・ゴア(Old Goa)と呼ばれるエリアに建つ聖フランシス教会(左)とセ・カテドラルです。
《聖フランシス教会 ①》【世界遺産】

Church of St. Francis of Assisi は、1661年に完成したバロック様式の教会です。
《聖フランシス教会 ②》【世界遺産】

内装は細かい彫刻が施された木造となっています。


なお、聖フランシス教会を含むオールド・ゴアの教会のうちここで掲載しているものを含む代表的なものは「ゴアの教会と修道院群」というタイトルで1986年に世界遺産に登録されています。
《聖カトリーヌ教会》【世界遺産】

聖フランシス教会の裏にひっそりと佇む1510年に建てられた Chapel of Saint Cathrine は、今ではすっかりやさぐれた感じになってしまっていますが、こう見えてもゴアで最初に建てられたという教会ということで、世界遺産のリストに堂々と名を連ねています。
《セ・カテドラル ①》【世界遺産】

Se Cathedral(正式には Sé de Santa Catarina)は、1562年から57年の歳月をかけて1619年に完成したもので、幅55m、奥行き76mという大きさはオールド・ゴア最大であるのはもちろん、アジアでも最も大きな教会だそうです。

当初主塔は2本建っていましたが、向かって右側のものは1776年に倒壊してしまい、現在は左の1本だけが残っています。
《セ・カテドラル ②》【世界遺産】

祭壇の後ろの壁に飾られた6つの黄金色のパネルにはこの教会に祭られた聖人サンタ・カタリーナの生涯が描かれています。
《ボム・ジェズ教会 ①》【世界遺産】

セ・カテドラルの南に公園を挟んで建つ、1605年完成の Basikica of Bom Jesus は風格のある外観が美しい建物ですが、ここにはかのフランシスコ・ザビエル氏のご遺体(ミイラ)が安置されていることから、カトリック界では知らない人がいないほど有名な教会です。
《ボム・ジェズ教会 ②》【世界遺産】

これが中央の祭壇に向かって右側の少し高いところに安置されたザビエル氏の棺です。

この時は残念ながらお姿を拝見することはできませんでしたが、10年おきに公開されていて次回公開予定は2024年だそうですので、機会があれば是非ご覧下さい。
《パナジの街並み》

オールド・ゴアから西に10km弱に位置する Panaji はゴア州の州都ですが、ポルトガル植民地時代の影響でインドらしくない落ち着いた雰囲気の小さな町です。
《マンドヴィ川》

市街地の北には Mandovi River が流れています。
《リバー・クルーズ ①》

この川では毎日イブニング・クルーズが催行されているということで、参加してみることにしました。
《リバー・クルーズ ②》

クルーズ会社は数社ありますが、どこもサービスに大差は無い(ただし一部ビール飲み放題などもある)ようで、周辺を1時間ほどのんびり航行する間にバンドによるライブなどが行なわれ、それに合わせてノリの良いインド人たちがはしゃぎまくるという内容です。
《リバー・クルーズ ③》

サンセットの時間に合わせて運行されているので、ロマンチックな雰囲気も味わえます。
《リバー・クルーズ ④》

景色を楽しんでいる間にお祭り騒ぎは終わってしまいました。

写真を撮っていなかったのが悔やまれます。
《ゴアのビーチ ①》

ゴアで教会群と並んで名物なのが、マンドヴィ川を渡った先のアラビア海沿岸に約20km続くビーチです。
《ゴアのビーチ ②》

ビーチと言ってもここはインドなので、男性でも上半身裸の人は数えるほどしかいません。

皆さん服を着たままちゃぷちゃぷしています。
《ゴアのビーチ ③》

とはいうもののやはりここはインドなので人の数は凄いです。
《ゴアのビーチ ④》

服装も色取り取りです。
《ゴアのビーチ ⑤》

海自体はとてもきれいだし、マリンスポーツも各種取り揃えられているので、ビーチ好きなら十分楽しめるレジャー・スポットです。
《ゴアのビーチ ⑥》

アイスクリーム屋さんや果物屋さんなども巡回しているので、ただ漫然と座っているだけでも不自由はしないようですが、服を着たままだととても暑いです。

私は1時間ほどでギブアップしてしまいました。

もともとビーチにはあまり執着しない方なので、未練もなくバスに乗って宿に戻りました。
《まとめ》

今回訪れたカルナータカ州はインドの中では知る人ぞ知る隠れスポットですが、その分人も少なくのんびり観光することができるので、遺跡に興味がある人はもちろん、インドに興味はあるけどあの喧噪はちょっと怖いというインド初心者の方にもお薦めできるエリアです。
興味があれば是非訪れてみて下さい。

写真はゴアで泊まった宿のフロントの脇のポットに張られた水の上に散りばめられた花びらアートです。インド人のおもてなしの心が感じられる逸品でした。

インド共和国の写真集(表紙)へ戻る。

スポンサーリンク

ホテルを検索する

チェックイン日

チェックアウト日


海外旅行 - LovelyPlanet

国別基本情報

旅のベストシーズン

世界の国旗

世界の紙幣・貨幣

国別データランキング

個人的世界のランキング

お役立ちリンク

プロフィール - LovelyPlanet

スマートフォン版